春風亭一之輔・落語家
春風亭一之輔・落語家
この記事の写真をすべて見る

 落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「」。

【この記事のイラストはこちら】

*  *  *

 恒例の「猫」号が今年もやってきた。「猫」はそんなに売れるのか? 「動物と子どもにはかなわない」というが、こう毎年続くんだから恐れ入る。編集長のご丁寧なお手紙には「ほんの少しでもいいから『猫』に触れて頂けるとありがたい」の旨。実に丁重。いや、ぜんぜん問題ないですよ。

「猫」の落語はたくさんある。「猫と金魚」「猫の災難」「猫の忠信」「猫の皿」「猫怪談」「猫定」「猫久」「仔猫」……犬より多いんじゃないか。猫好きな人はぜひ聴いてみてください。

 脇役でも出てくる。「長屋の花見」という落語。冒頭で貧乏長屋の店子が集まって「大家からの小言」を心配する。「ことによると大家んところの猫を食った一件じゃねえか?」。まさにキラーフレーズ。「いつ?」「お前が『あー、肉が食いてえ……人間の肉って食えるかな?』って言ってたろ? 長屋で共食いが始まるといけねえから、猫を鍋にして食ったら『うめえうめえ!』って泣いて喜んでたじゃねえか!」。物凄い長屋。私は好きなクスグリなんだが、今のお客さんはだいたい引く。猫には申し訳ないが、並外れた貧乏が伝わってくるよね。でも何回かお客さんに怒られたことがある。「可愛い猫を食べるなんて!(泣)」って。オレが食べたワケじゃない。酷いのは落語世界の奴らですよ。だいたいこのくだりは教わったとおりのクスグリなのだ。文句は先人に言ってもらいたい。

 私の噺にはよく猫や犬が登場する。元々は出ないけど自分でぶっ込んでいる。「笠碁」では退屈を持て余した老人が猫と戯れようとするがスカされたり、引っ掻かれたり……名前はタマにした。猫ならタマだろう。

 私の「粗忽の釘」の助演男優賞は犬だ。彼は主人公の股間に噛み付いたせいで、怒髪天を突いたその妻に尻尾を掴まれブルンブルン振り回される。遥か彼方へ飛んでいく犬。最早これまでか、と思いきや、スックと着地し、夫婦目掛けて突進してくる。それに追われて二人は流浪の旅に……犬の名はペロだ。スペイン語で犬のことを「ペロ」と言うらしい。マドリードで演ったら現地の人が教えてくれた。マグレ当たり。

次のページ