当日。海賊王ビッケパパと化した私は大海原(江古田駅南口)へと漕ぎ出した。街行く人の視線が痛い。大時化である。ポリスが「人にぶつからないようにね」と寄り添ったアドバイスをくれた。優しい船舶管制塔。目指すは今は無き、居酒屋お志ど里の2階座敷。戸を開ける。お客の視線が集まる。心得ている店の番頭さんが「階段、上がれるの?」と心配顔。「大丈夫デス!」。根拠ない自信こそ、海賊王だ。いざ!! バキッ!! ガゴゴゴ。あ、つっかえた。船幅が階段とほぼ同じだった。カラオケボックスに機材の入らない荒井注状態。2階からトイレに下りてくるお客さんが苦情を言った。「すいませーん、今どかします」。階段の中途で、斜めの体勢での解体作業が始まった……。
そこから先はよく覚えてないのだが、私の造った海賊船は、翌日の昼過ぎまで江古田駅前の木にぶら下がっていた。気づくと身体中傷だらけ。足を引きずりながら船を回収に行った。一体何があったのだろうか? そんな私が今渋谷のハロウィン騒ぎを見て「若い奴らはしょうがねーなー」とのたまっている。なんでもいいけど、他人に迷惑はかけないようにしよう。
春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/1978年、千葉県生まれ。落語家。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。この連載をまとめたエッセー集の第1弾『いちのすけのまくら』(朝日文庫、850円)が絶賛発売中。ぜひ!
※週刊朝日 2022年11月4日号