下重暁子・作家
下重暁子・作家
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 人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は、「東京タワー」について。

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 久々にときめいた。夜空にすっくと立ったその姿! 私の愛する東京タワーとの御対面である。十月から照明が変わり、オレンジの暖色がメインになった。冬ヴァージョンになったのである。

 三十数年ぶりである。このヴェランダに立つと、正面に東京タワーが迫る。私は等々力の実家を離れ、この小さなマンションで独立したのである。麻布の高台、なだらかな坂を登ると、そこだけ緑があり、離れ小島のような住宅地である。

 決め手は東京タワーであった。三階の2LDK……三部屋とも広めのヴェランダに面し、その向こうには東京タワー。リビングからは、巨大な電柱が邪魔をする。いつかあの電柱を爆破すると何度思ったことだろう。

 三十数年ぶりに同じ場所に立ったら、まだあった。なぜ地下に埋めないのだろう。こうなるともう東京都の意地悪としか思えない。あとの二部屋の空には邪魔するものがなく、気分が落ち着く。

 現在私の住んでいるマンションからも遠く東京タワーが見えるが、樹々や日々新築されるビルのせいで、形が変わる。いつの日か見えなくなるだろう。

 入居した時は、上から下まで見えたが、下部の半分は見えなくなった。東京タワーが少しでも見えることを条件にして探したから、またしても邪魔をする途中のビルの爆破を妄想してしまう。

 それが今は、完全な東京タワーと会うことができるのだ。彼はいつも私の傍にいた。仕事場にも寝室にもより添って、リビングでも位置によってはその美しい姿を惜し気もなく見せてくれた。

 別れたくなかったが、狭さに耐え切れず今のマンションに移ったものの、手放すことがどうしても出来ず、三十数年他人に貸していた。それが借主を数回変えて私の元に戻ってきた。もう離さない。私の仕事場を探していたこともあって、あとは死ぬまで、私の秘密基地として、仕事場や遊び場として使うつもりだ。

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