政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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プーチン政権のシンボルともいえるクリミア大橋が爆破されました。それに対するロシアの報復は凄まじく、ミサイル攻撃によるインフラ破壊へとエスカレートし、ウクライナ全土の3割の電力施設が破壊されたのではないかと言われています。
にもかかわらず、前線ではロシアが苦戦を強いられ、それに対する巻き返しで戦術核の使用も危ぶまれています。そうなった場合、米国を含むNATO(北大西洋条約機構)との全面衝突は避けられなくなり、破局的な事態も予想されます。
現在のところ、プーチン氏が「核」の封印を解くことになる可能性はかなり低いのではないかと思います。それよりも、ロシアは「エネルギー」と「冬将軍」という切り札を最大限、有効に使おうとするのではないかと予想しています。
今月13日、プーチン大統領とトルコのエルドアン大統領は、ロシアから欧州向けの天然ガスの供給について話をし、そこでプーチン大統領は、損傷により稼働停止しているバルト海経由の天然ガス輸送管「ノルドストリーム」の代わりに、トルコ経由の輸送管「トルコストリーム」を用いて欧州にガスを供給する考えを示しています。これが実現すれば、トルコ経由でロシアに敵対しない国々にはガスを送るという条件で、東欧も含めて西側諸国の対ロシアの結束を突き崩し、ロシア包囲網を内部から崩壊させる可能性も考えられます。
先に述べたように電力施設の3割が破壊されていると言われているウクライナは、冬季マイナス30度にもなる地域があるわけですから、エネルギーが断たれてしまえば、過酷な冬を越せるかどうか予断を許しません。
西側諸国は武器を送ることはできても、エネルギーを送ることはできません。冬をにらみ、長期戦に持ちこむ──プーチン大統領は「冬将軍」が来る、今後4カ月が勝負だと考えているのではないでしょうか。
ロシアは冬の戦い方を知り尽くした国です。ナポレオンのロシア遠征時も、ナチスドイツとのスターリングラードでの決戦でも、ロシアが持ちこたえたのは冬でした。果たして、ウクライナや西側諸国は結束を保てるでしょうか。
◎姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍
※AERA 2022年10月31日号