実は、タイムズは最初からワインスタインのことを知っていたわけではない。FOXニュースのアンカー、オライリーがタイムズの調査報道によって解雇された数日後に、編集者のレベッカ・コルベットが、ジョディ・カンター記者に「アメリカには虐待に近い性的なハラスメントをしている権力者が他にもいるのではないか」と問いかけ、それがきっかけになって、ワインスタインの件が浮上するのだ。
ワインスタインは、女性を、宿泊するスイートルームに仕事といって呼び寄せ、「マッサージをしてほしい」としつこくせがみ、性的な暴力を働く。そうしたことは業界の噂にはなっていたが、肝心の女性が、示談金を支払われ秘密保持契約を結ばされているために、誰も実名で告発しようとはしなかった。
オライリーでも同じ問題があったが、しかし、示談にするその過程では金額等の交渉があり、交渉人、双方の弁護士や家族など、告発があったこと自体の痕跡は残る。オライリーの件では、その示談額を特定すれば、秘密保持契約にふれることなく、女性たちへの性的暴力を立証できるということをタイムズは学んでいた。
新聞の本筋は、前に出る調査報道だということを編集局長のバケットらはよくわかっている。
原題の『SHE SAID』の意味は、被害者たちが実名で証言することをさす。そのために、二人の記者は、様々なルートをたどって被害者とおぼしき人物にたどりつく。
自宅を訪れると妻は不在で夫が対応し、夫は何も知らないことに衝撃をうけることもある(秘密保持契約のために夫にさえそのことを話せないということだ)。そして最初は、オフレコ(匿名)を条件に話を聞く。このオフレコを積み上げていくことで事態がおぼろげながら姿を現す。
しかし、書くためには、会社の報告書などのハードプルーフか、実名で証言する被害者が必要だ。日本の新聞の場合オフレコというと、記者クラブにいて政治家なり官僚なりから、いずれ発表される情報を事前に出してもらうためのものだが、本来のオフレコは、こうした調査報道のためにある。