公開最初の週末だというのに、シネコンの大きな箱に、観客は12人ほどだったか。
ニューヨーク・タイムズは、2017年から2018年にかけて有料デジタル版の契約者数を150万から300万へと倍に増やしている。その原動力となったのが、セクハラに関する調査報道で、映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』は、そのうちのひとつ、ハリウッドの実力プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの30年以上にわたる女優や自社の従業員に対する性的強要、それに対する口止め料の支払いを暴露した二人の女性記者の報道をもとにしている。
映画は、実際起こったことに忠実につくられているが、なにせ登場人物の数が多すぎるのと、ある程度、アメリカのメディア事情に通じていないと、意味がわからない部分も多く、映画が日本でうけないのはしかたがない。が、日本の新聞社に勤める人は、少なくとも二人の記者の書いた原作『その名を暴け』(ジョディ・カンター、ミーガン・トゥーイー著 古屋美登里訳 新潮文庫)は読んでおいたほうがいいだろう。
「経済紙でないと有料電子版はうまくいかない」「当局との癒着なくしてスクープはとれない」等々、日本の新聞業界で繰り返し語られる「常識」は考え直す必要があることが、具体的な事例をもとにわかる。
まず、何よりも感心するのは、ディーン・バケット、レベッカ・コルベットという編集局長、局次長のポジションにいる人たちが、これまで内々で処理されていたセクハラの実態をきちんとタイムズが報道することができれば、大きな波を作り出すことができると意図的にこの分野の調査に記者を投入していたことだ。
2017年に、タイムズは三つのセクハラ調査報道を行なっている。ひとつはFOXニュースのアンカー、ビル・オライリーのセクハラ(調査期間8カ月)。1300万ドルが口止めのために女性たちに支払われたことを暴露。次がシリコンバレーの複数のベンチャーキャピタリストのセクハラ(調査期間1カ月)。そして10月5日に最初の記事が出たワインスタインのセクハラとそのもみけしの告発だ(調査期間4カ月)。どれもかつてのタイムズならばやらなかったような攻撃的報道で。しかもこの報道をたんに有料版で報道するだけでなく、SNS等を使って積極的に拡散させ、読者にペイウォールを超えさせようとした。