尾野真千子
尾野真千子

「千夜、一夜」の奈美は登美子とは異なり、戻ってこない洋司との関係を終わらせ、新たなパートナーとの人生を踏み出すことを決心する。だが、そんな時、登美子はフェリーで向かった本土で偶然洋司を見つけ、奈美のもとに一緒に帰ることを促す。やっと気持ちを整理した矢先に、突然現れた夫。奈美は洋司に「急に時間を戻されて、苦しんだり悲しんだりしたの、帳消しになんかできないんだから」と感情を爆発させる。

「夫役の安藤さんを『なんで今さら帰ってきたのよ!』と怒りに任せて、すごくたくさんたたいてしまったので、安藤さんには悪いことをしたなという気持ちが大きいです。何回殴るかというのは自分で想像しておらず、体が動くままにやらせていただきました。芝居ではなかったです」

 実はこの映画で、待ち続けたのはそれぞれのキャラクターだけではない。映画自体、コロナ禍で一度中断し、完成まで8年も「待った」。久保田直監督は舞台あいさつでこう振り返った。

「(撮影の中断を出演者らに伝えた)その時に裕子さんが『健康でいて。健康でさえいれば必ず』と涙を流しておっしゃってくださった。僕も大人になって初めて人前で号泣するという醜態をさらしてたんですけれども。その時、真千子さんもいらして、泣きながら『私も絶対に裕子さんと芝居がしたい』とおっしゃった。あの時の光景は多分一生忘れないと思います」

 尾野が田中と共演するのは本作が2度目だ。「新しい自分を見てもらえるきっかけになったのでそれがうれしかった。田中さんからはいつも良い刺激をいただくのですが、今回もやはりそうでした」と言う。

「この映画では、奈美が一番現実的だと思いましたが、登美子が一人の人を30年も本当に素直に待っているのだとしたら、すごいことだと思います。登美子が本当に強いのか強くないのかはわかりませんが、彼女のような心を持てたらいい。きれい事かもしれませんが。でも、そんな人はなかなかいないじゃないですか。奈美のように(自分の心に折り合いをつけて)次に進む人のほうがきっと多い中で、あえてずっと待ってるというのは誰にでもできることではないと思います」

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