一年中ブラインドを閉め切った彼女の部屋には、今もファクシミリ付き電話があり、そこからは何年前に受信したものか分からないほど酸化した、おびただしい長さの感熱紙がうねり出ている。リビングの角には90年代前半に購入したテレビデオが置いてあり、たまに点けるも砂嵐しか映らない。なぜなら彼女はテレビ放送が「地デジ化」したことを知らないから。もちろんパソコンもインターネットもない。しかし昔から写真を撮るのが好きな彼女。どこで手に入れたのか、割と新しめのデジカメだけは持っている。さらに何故かレディー・ガガのアルバムが、パイオニア製の大型コンポとエンゼルフィッシュが泳ぐ水槽の間に、きちんとリリース順に並んでいる。ほとんど外出はしない上、出かける際にはサングラスとマスクと帽子で完全防備をするのが40年近く当たり前となっているため、コロナのことなどもちろん知らない。下手すれば平成が終わったことすらまだ知らない可能性も。一方で、無類のきれい好きな彼女は、毎日夜中になるとフローリングの床を埃ひとつなくなるまで拭き、多い時には週に2回ワックスまでかけるため、家では常に素足である。靴下などはこうものなら、滑って転倒し怪我をする。というかすでに過去に何度か怪我をしている……。
このような人が、前触れもなくツイッターを始めたのです。動揺しないはずがありません。そんな仮想現実に頼らなくても、私の妄想の中の中森明菜は、この世の誰よりも生命力の塊だからです。
ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する
※週刊朝日 2022年10月7日号