──作品には、「どんなに近い人でも自分が知らない顔がある」というテーマも。そういう経験をしたことは?
それはありますよね。出会うまでにどういう生き方をしてきたかなんて知らないのだから。そのときは気づかないけど、あとで言われて、「あーそうだったんだ、全然そんなふうに思わなかった」みたいな。
逆に、相手が自分のことをこれだけわかってくれてるだろうと思っても、そうならないのが現実じゃないですか。口で言わなければわかんない部分もあるし。でも説明しても真にわかりあえることはない。それは、人は自分とはまったくちがう生き方をしているからですよね。今はコンプライアンスの時代だけども、お互いに他人であることを認識しなければいけないと思いますよ。
──二枚目なルックスの阿部さんですが、どこか情けない、残念さ漂う男を好演される印象です。
だいたいの人って残念なところを持っている。それを見せないように生きるのが礼儀なんだけど、その残念さが実は救いというか、近づきやすさだったりするんですよ。人間的な部分があったほうが共感しやすいじゃないですか。だからドラマではそういうものが要求されると思うし、僕がやっているのは、脚本に書いてくださっていることを膨らますくらいかな。
海外の作品でも、すごいクールなキャラクターにちょっとドジなところがあるのが一つのパターンだったり。そういうものを見て、自分でもちがう形で入れてるのかなと思います。
──今年7月のニューヨーク・アジアン映画祭で、アジアで最も活躍する俳優に贈られる「スター・アジア賞」を日本人で初受賞しました。授賞式では満面の笑みでしたね。
まさかあの賞をいただけるなんて、すごく大きな経験だなと思いました。でも笑顔の理由となると、受賞の喜びより、お客さんに会えたうれしさだと思います。
ニューヨークに行ったとき、みなさん本当に笑顔で迎えてくださって、映画を楽しもうとしているのがわかったんですよね。「来てくれた!」っていう喜びの顔、しかもマスクをしていない笑顔と対面して、こんなに表情が見えるんだってびっくりしました。
──日本を代表する俳優に名を連ねた今もなお、「越えたい壁」はあるのでしょうか?
昔のドラマの再放送なんかで諸先輩方の演技を見ていると、「僕の年齢でそこの境地まで行かれてたんだな」「越えられなくても近づきたいな」と思いますよ。
一瞬パッと見ただけだったんですけど、NHKで老刑事みたいな役をやってた人がいて。たぶん70歳ぐらいの方だと思うんだけど、繊細な演技だったり、言葉の力だったりがすごくて。僕は70になったとき、その演技をできるかな?と不安になりました。でもそういう姿を見ると、なんかうれしいですよね。
(構成/本誌・大谷百合絵)
※週刊朝日 2022年10月7日号