
ただ、先送りは必ずしもマイナスだったわけではない。招致を表明した当時の市長、上田文雄氏は「30年への先送りは当初から想定していた。1回目の立候補では決まらないだろうと思っていた」と明かす。
先送りを想定した背景にあったのが、道民の長年の夢だった「北海道新幹線の札幌延伸」だ。当初35年度とされていた新幹線の延伸は15年に5年前倒しの30年度になった。札幌駅周辺では延伸を見据えて民間資本による大規模開発が続き、市の固定資産税の増収も期待された。当初見込まれた五輪に関する市の負担額は約630億円。「税収が増えれば、五輪にかかる経費も負担できる」(上田氏)。招致が30年に先送りとなれば、延伸と五輪の時期が近づき、財政の後押し効果がさらに強まると見込んでいた。
■前向き姿勢の市長
現職の秋元市長は、15年市長選で上田氏の後継候補として、旧民主党と旧維新の党の推薦を受けて初当選した。19年の選挙では自民や公明からも支持を受け、盤石な政治体制を確立した。上田氏から受け継いだ五輪招致と再開発事業には特に力を入れてきた。2期目の初登庁では「新幹線の札幌開業の前倒しは必然だ」と語った。
地元経済界も、新幹線と五輪は「北海道経済の起爆剤になる」と期待する。もともと北海道の経済構造は公共事業の比重が大きい。札幌商工会議所の勝木紀昭副会頭は今年2月の朝日新聞のインタビューで、基幹産業の観光業復活のためにも、新幹線を始めとする高速交通網が欠かせないと主張。公共事業で国の支援を引き出すため、五輪のような大型事業を誘致する必要性を訴えた。今年に入り、JR札幌駅では、新幹線札幌駅をつくる工事が本格化。タワーマンションの建築ラッシュで市内の新築マンションの平均価格は昨年、初めて5千万円を超えた。上田・秋元市政の青写真通りに、市の固定資産税収入は12年以降、上昇傾向が続いている。
2014年から始まった冬季五輪の招致に約200万人の市民は当初は歓迎ムードだった。半世紀前の冬季五輪で地下鉄や大通地下街、高速道など都市の礎が築かれた「成功体験」を知る人が高齢者を中心に多かったからだ。そんな空気を打ち砕いたのが20年のコロナ禍と21年の東京五輪だった。東京五輪は1年遅れの開催となり、感染拡大で無観客となった。運営費の膨張も重なり、五輪への否定的なイメージが広がっていった。市幹部は招致活動と重なったことに「タイミングが悪いの一言に尽きる」とこぼす。