「我々はかつてワルシャワ条約機構を解散した。当時、ロンドンでNATO理事会の会合が開かれ、軍事同盟ではなく、政治が軸となる同盟が必要との結論に至った。だが、忘れ去られた。NATOがこの問題に立ち戻ることを私は望んでいる」
ゴルバチョフ氏は、レーガン米大統領(当時)と「核戦争に勝者はない」と合意して初の核軍縮を実現し、冷戦終結とドイツ統一につなげたことを東西諸国の共同作業だと考えていた。
ゴルバチョフ氏が強調していたのは「相互の尊重」「対話と協調」という信頼の概念だ。それは「双方が互いを尊重し、互いの利益を考慮するときに生まれてくる」と述べる。そして西側が冷戦で「勝利」を表明し、信頼は損なわれたと指摘した。
「西側はソ連崩壊後にロシアが弱体化したことにつけ込み、我こそ冷戦の勝利者だと宣言した。国際関係での平等の原則は忘れ去られ、気がつくと、今のような状況に陥っていた」
■母も妻もウクライナ人
自叙伝執筆時点でゴルバチョフ氏は、ウクライナ危機の解決策はウクライナ政府と親ロシア派の停戦協定「ミンスク合意」の達成に尽きるとしていた。だが、ロシアはウクライナが合意を履行していないと主張し、軍事侵攻に踏み切ってしまう。
自叙伝で「母も妻もウクライナ人だった」と記したゴルバチョフ氏は、「ウクライナ国民にとって利益となるのは、民主的で、ブロックには属さないウクライナであると私は確信している。そのような地位は、憲法と国際的な保障によって裏づけられなければならない」とし、第2次世界大戦時の連合国がオーストリアの主権回復を認めた条約を想定していると明かした。
「中立化」の議論を避け続ける限り、ウクライナの市民も兵士も、ロシアの兵士も、次々と人命が奪われ続けるだろう。
冷戦終結後も人類は敵対意識と軍事思考を克服できずに今回の戦争を招いてしまった。東西冷戦が終結したのに、なぜ西側軍事同盟のNATOだけが残ったのか。ドイツ統一とそのNATO加盟は、独ソ戦で2700万人の犠牲を出したソ連国民も受け入れた「東西の共同作業」だったはずなのに、なぜ米国は「冷戦の勝者」として振る舞い、国際秩序を主導するのか。
ゴルバチョフ氏はそうした問題提起によって、戦争の芽を摘むための教訓を残してくれたのかもしれない。ロシア側からはどう見えるのかを考えることは、ウクライナ戦争の今もその後も、ますます重要になってくる。戦争は人間の心から起きる。核の時代に、戦争を二度と起こさせてはならない。(朝日新聞編集委員、元モスクワ支局長・副島英樹)
※AERA 2022年9月19日号