しかし、困ったことに、読者に対して親切にすればするほど、話はややこしくなる。いっそ言い切れば話は終わる。だが、それでは「言い足りぬこと」「言い過ぎたこと」が残る。それを「落ち穂拾い」のように一つ一つ拾い上げてゆくと、話はどんどん長くなり、複雑になる。そして、話を聴く側にもその分だけの忍耐と寛容が必要になる。親切心がなければ付き合えない。
今の日本人が失ったのはそのような「親切の作法」ではないかということを書いた。
内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数
※AERA 2022年8月15-22日合併号