大雪に見舞われた年の瀬の滋賀県。JRの近江八幡駅から歩いて10分ほどの住宅街に入ると、「みいちゃんのお菓子工房」と掲げられたかわいらしい建物があった。他人の前では動くこともしゃべることもできなくなってしまう少女が、この店でパティシエとしてケーキやお菓子を作り、母が販売している。「何もできひん子」。過去にそう言われたこともある少女の母が模索するのは、娘が障害を克服するのではなく、「障害と共存していく」道だ。
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「みいちゃん」とは杉之原みずきさん(14)。場面緘黙(かんもく)症と自閉症スペクトラムという複雑な障害を抱えている。
場面緘黙とは、家では会話や動作が問題なくできるのに、学校などある特定の場面では話すことや動くことが全くできなくなってしまう症状だ。程度には個人差があり年齢とともに悪化するケースもあるというが、その実態はほとんど知られていない。
母の千里さん(48)は、みずきさんの症状について、「固まる」という言葉で表現する。
3人きょうだいの末っ子のみずきさんは、家では父の誠司さん(55)ら家族とおしゃべりをするし動くこともできる。ただ、一歩家を出て他人の前に立つと……。
「微動だにしなくなり、まさに『固まって』しまいます。呼吸をし、眼球を動かすことしかできません。その状態になると親でもどうにもできず、原因となっている『不安材料』がその場からなくならない限り、何時間でも固まり続けてしまいます」(千里さん)
みずきさんが場面緘黙と診断されたのは小学校入学前のこと。保育園時代は、現在ほど目立った症状はなかったという。そのため、病名を告げられても千里さんは実感がわかなかった。
「場面緘黙?一体なんなの?って。よくわからないけど、治るだろうって思いました」
小学校の入学式当日、新入生たちと並んで入場してくるみずきさんの姿を見て、初めて現実味が沸いた。
「先生が手をつないで歩いてくれたのですが、先生が手を離すとピタッと止まってしまうんです。また手を引くと歩き、手を離すと止まる。起立ができず、立たせてもらっても今度は着席ができない。先生が手を放すと、まるでゼンマイが切れたように固まってしまう。場面緘黙って、こういうことなのかと実感しました」