今井:そうなんです。まだ研究段階の仮説ですが、最近おもしろいことがわかってきました。マウスが老化してくると、回し車を回すモチベーションも下がってきます。以前は、老化によって筋肉などが衰えるからモチベーションが下がると思われていたものが、実は逆かもしれないという考えが出てきたんです。要するに、脳と筋肉はお互いに密接に連携していて、脳でモチベーションなどの機能が下がることで筋肉が衰え、体の活動が鈍ってくるのではないかと。

出井:つまり、やる気があるから、体も元気でいられるということですか。

今井:そのとおりです。それに関して最近気になることがあって、私の抗老化研究の記事がウェブに出ると、コメント欄の8割くらいをネガティブな意見が占めるんです。科学の進歩で健康寿命が延びても、「今の世の中で長生きしてもいいことはない」と。この先、何十年も働き続けたくないという声もよく聞きます。

出井:「働く」と思うから、ネガティブになってしまう。僕はひたすらおもしろいからやっているだけなんです。とくに僕の周りにはコミュニティーがたくさんあって、興味が次々湧いてくる。今日もさっきまで会社に来た若い人と、スーパーコンピューターと仮想通貨の話をしていたんですが、僕の子どもくらいの年代の秘書は、僕らが何の話をしているのか、さっぱりわからないようで(笑)。

今井:出井さんのようにいくつになっても仕事を楽しんでいる方は、まだまだ特別なケースだと思います。将来、みんながそんなふうに人生を楽しめるとしたら、人生120年時代も明るく考えられるはず。そのためには、来たるべき時代に向けて社会の仕組みをどう変えていくべきなのか、国民の間で本格的に話し合っていく必要があります。

出井:僕も今井先生に色々とご教示いただくようになって、老いることのイメージが変わってきました。あとは日本社会独特のロジックをどう変えていくか。私はかつて、森喜朗首相が「IT戦略会議」をつくった時に議長を務めたことがありますが、あの時と同じくらい、国をあげての大胆な変革が求められている。やはり、政府が今後の高齢化社会について「大きなビジョン」を示す必要があるでしょうね。

今井:私たち抗老化の研究者も、研究室の中だけでなく、社会と関わっていくことが必要だとつくづく思います。それまでお元気で、若い人たちのお手本でいてください。(ライター・福光恵)

出井伸之(いでい・のぶゆき) 元ソニーCEO 1937年、東京都生まれ。ソニーの社長、会長を歴任。現在は2006年に設立したクオンタムリープの代表取締役会長として、大企業の変革支援やベンチャー企業の育成支援などの活動を行う。近著に『個のイノベーション ─対談集─』(日経BP)

今井眞一郎(いまい・しんいちろう) ワシントン大学医学部教授 1964年、東京都生まれ。ワシントン大学(米ミズーリ州セントルイス)医学部教授、神戸医療産業都市推進機構特任部長。サーチュインという酵素の働きが哺乳類の老化・寿命を制御していることを発見した抗老化研究の第一人者

週刊朝日  2022年1月7・14日合併号