年を重ねることについては、悲しみもあるという。能楽界でも多くの同胞が先立った。「天才と言われる人はみんな若くして死ぬね」とつぶやく声には寂しさがにじむ。

「今までできた動きができなくなる。『釣狐(つりぎつね)』という曲は、重い衣装を着て、狐に化けて飛んだり跳ねたりするんですけど、もう厳しい。90歳の体になってるんです。弟子たちに大きな声でエネルギーを使って稽古をつけることで体を維持している半面、命を削っている感覚もあります。体が動かなくなったら引退ですよね」

 とはいえ、背筋は伸び、声には張りがある。「ほんとはね、私、そんなに元気じゃないですよ」と苦笑する。2020年に脳梗塞(こうそく)を患った。

「健康にあまり気をつけていないのがダメなんですよ。日本酒が好きで」

 そしてこう続けた。

「狂言には『酒はもと薬なり』というせりふがあるんです(笑)」

(本誌・大谷百合絵)

週刊朝日  2022年1月21日号

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大谷百合絵

大谷百合絵

1995年、東京都生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。朝日新聞水戸総局で記者のキャリアをスタートした後、「週刊朝日」や「AERA dot.」編集部へ。“雑食系”記者として、身のまわりの「なぜ?」を追いかける。AERA dot.ポッドキャストのMC担当。

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