TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽とともに社会を語る、本誌連載「RADIO PA PA」。映画『声もなく』について。
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ヤクザの下請けの死体処理で生計を立てている口のきけない青年と、誘拐されても親に身代金を払ってもらえない11歳の少女の触れ合い。
ホン・ウィジョン監督の『声もなく(Voice of Silence)』に、抱えきれないほど重くやるせない人生をドサッと目の前に置かれた印象を持った。
英語表記の「Voice of Silence」にまず惹かれた。世の中は言葉であふれている。そんな中、言葉を発することのできない主人公。サイモン&ガーファンクルの曲に「サウンド・オブ・サイレンス」があるが、作品を観て、その「サイレンス」にこそ意味があるのだと知った。
ユ・アイン演じる貧しい青年がヤクザに誘拐された少女(ムン・スンア)と出会う。犯人扱いされた青年は少女を自転車の荷台に乗せてあてどもなく彷徨(さまよ)う。家父長制の残る社会で少女は女の子だからと身代金を払ってもらえない。
青年は眉間の皺(しわ)と頷きだけで思いを語り、それを少女が理解する。
Zoom画面越しのホン・ウィジョン監督はグレーのセーターに薄いブルーのブラウス姿だった。口をきかない青年の造形について話を聞くと、「ずいぶん前、弱者の声は社会に届かないというテーマを考えた。主人公がどんなに率直に話しても届かない。生き延びるためには自分を変えるしかない。そんな風に考え、ならばいっそのこと言葉を失くしてしまおうと」
言葉を持たないキャラクターゆえ、観客には登場人物の置かれた状況を説明する必要があった。
「そのために、年上の相棒(ユ・ジェミョン)を饒舌にした。相棒は脚が悪い。口と脚を互いに助ける、そんな補完しあうコンビを考えたんです」
監督には自分の声を周囲が聞き入れてくれないという幼時体験があった。その体験から、具体的に話さないことがストーリーに寓話性を持たせるとわかっていた。寓話やファンタジーを作る上で参考にしたのがスタジオジブリの作品だったという。