「津波ではない現象に津波注意報を出すべきか議論があったと思います。仮に警報や注意報が出なかったとしても、独自に注意喚起をした方がいいだろうと考えていました」(石森さん)

 石森さんはこのとき、津波注意報が出たエリアである宮城県石巻市の実家にいた。自室にいた妹や母も、注意報発表を伝える特務機関NERVアプリの通知を見て、リビングに集まってきたという。石森さんの実家は東日本大震災の津波で全壊し、その後同じ場所に再建している。

「母も妹も、『大丈夫だよね? 津波、来ないよね?』と何度も言っていました。『大丈夫』とは言えません。石巻の状況を注視しながら、アプリやツイッターが発信する情報に異常がないかにも気を配っていました」

 アプリでは、全国各地にある潮位観測点ごとに、「津波の到達状況」「これまでの最大波」「満潮時刻」を同時に確認できる。石森さんや家族は、石巻にある2カ所の観測点の状況を何度も確認していたという。

特務機関NERV防災アプリでは、津波警報・注意報の情報に津波の到達状況、これまでの最大波、満潮時刻を合わせて表示する。去年12月23日に実装した新機能だった(photo:ゲヒルン提供)
特務機関NERV防災アプリでは、津波警報・注意報の情報に津波の到達状況、これまでの最大波、満潮時刻を合わせて表示する。去年12月23日に実装した新機能だった(photo:ゲヒルン提供)

■23日前にできた機能

 実は、特務機関NERVがこの情報を表示できるようアプリをアップデートしたのは、このわずか23日前のことだ。津波情報の拡充は長く構想しながら、実現できていなかった。

「私たちは気象庁から津波観測情報などを受信していますが、これまでアプリに組み込めておらず、警報や注意報の情報を表示するにとどまっていました。優先すべきタスクが多く、後回しになっていたんです。でも、『震災10年』と言われる年も終わろうというのに何をやっているんだ、次に津波がきたときに間に合わなければ……と焦りが強くなった。11月から、メンバーに無理を言って最優先で開発した機能です」(石森さん)

 同じ石巻市に住む50代の男性も、この機能に助けられたと話す。市は16日1時44分ごろ、沿岸部に避難指示を出している。男性の自宅は避難指示の範囲ではないが比較的海に近く、東日本大震災でも津波が到達したエリアだ。避難するか判断するうえで貴重な情報源だったという。

「満潮時刻に向けて津波が大きくなっていくようなことがあれば避難しようと、ずっとスマホを握りしめていました」

 今回の「津波」は、防災情報配信インフラとしての特務機関NERVの成熟を如実に表した。津波はいわば、特務機関NERVの原点だ。東日本大震災で石森さんは慕っていた伯母を亡くしている。それから10年をかけ、強固な防災システムを築きあげた。石森さんはこう話す。

「情報だけで命は救えません。私たちが取り組んでいるのは、避難を判断するために必要な情報を少しでも早く届けることです。主体的に避難を判断するためのひとつの材料としてアプリをつかっていただけたらと思っています」

(編集部・川口穣)

AERA 2022年2月7日号

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川口穣

川口穣

ノンフィクションライター、AERA記者。著書『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(平凡社)で第21回新潮ドキュメント賞候補。宮城県石巻市の災害公営住宅向け無料情報紙「石巻復興きずな新聞」副編集長も務める。

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