東浩紀/批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役
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 批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

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 オープンレター問題をご存じだろうか。

 事の発端は2021年3月。ベストセラー『応仁の乱』で知られる歴史学者・呉座勇一氏が、武蔵大学准教授の英文学者・北村紗衣氏に執拗(しつよう)な中傷を行っていたことが明らかになった。呉座氏は所属先より厳重注意を受け、NHK大河ドラマのスタッフを降板。それでも問題は収束せず、北村氏を含む有志が、呉座発言の背景には「女性差別的な文化」があるとする公開状(オープンレター)を発表し、1300人超の賛同者を集める事態に発展した。

 事件はそれで終わったかにみえたが、秋に呉座氏が所属先の運営母体に対して訴訟を提起したことでさらに展開。上記事件を理由に准教授採用が取り消されたが、それは解雇権の乱用にあたると主張した。訴訟が報じられると今度は公開状に批判が集まるようになった。女性差別は暴力だが、SNSでの糾弾も数の暴力ではないかというわけである。

 問題の中心にあるのは「言論の自由」と「被害者のケア」のバランスというじつに難しい問題だ。言論の自由は万能ではない。ヘイトでも何でも好き勝手に言えるわけではない。

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