かといって被害者も永遠に弱者というわけではない。被害者が弱者性を利用して過剰に加害者を攻撃すれば、関係はすぐ反転する。女性蔑視は許されないが、かといって署名を集め活動停止に追い込むのもやりすぎかもしれない。ネットではいま中傷された北村氏に同情すべきだという一派と職を追われた呉座氏に同情すべきだという一派が激しい論争を繰り広げているが、結局のところこの手の問題はどこかで折り合いをつけるしかない。本来はそのような落とし所を探ることこそ人文的な教養人の役割のはずだ。

 ところが現実はそこからとても遠い。本稿執筆時点で論争はこじれにこじれ、もはや出発点の両氏の声すら掻き消されている。SNSでは耳を疑うような罵詈(ばり)雑言が飛び交い、そこには多くの大学人が実名で参加している。声高に正義を叫ぶひとばかりが目立ち、だれひとり調停役を買って出ないこの状況こそ、現代における人文知の失墜を反映している。

東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数

AERA 2022年2月7日号

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