元朝日新聞記者 稲垣えみ子
元朝日新聞記者 稲垣えみ子
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 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。1月19日に著書『老後とピアノ』が発売された稲垣さんが、老後に趣味を持つことについて自身の見解を語ります。

【写真】稲垣さんが見るだけでウットリしてしまうものとは?

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 新刊『老後とピアノ』に関してとある取材を受け、色々と考えさせられた。

 取材のテーマは「老後に趣味を持つ大切さ」。実はそのようなことは考えたことがなかったのだ。私が感じているのはどちらかといえば「老後に趣味を持つことの笑っちゃうほどの無意味さ」であり、しかし、その無意味さの中にこそ一筋の光があるに違いないという「願望」に我が人生をかけているのである。

 なので「ピアノを習いたい人にオススメの曲は」とか「先生の見つけ方は」とか聞かれても、何が正解なのか私自身知らないのだ。知らないから夢中になっているのである。

 そんなこんなでどうも話が噛(か)みあわず、なぜそこにこだわるのかを改めて聞くと、子育てが一段落して「やりたいこと」が見つけられない50代女性が多いのでエールを送る記事を書きたいのだと。なるほどそれで食い下がってこられたのですね。しかし、そうですか。やりたいことをやらず一生を終えることに恐怖を感じて会社を辞めた身からすると意外な悩みである。

練習すれども冗談のように上達しないのに鍵盤を見るだけでウットリ。この矛盾こそが最高なのだ(写真:本人提供)
練習すれども冗談のように上達しないのに鍵盤を見るだけでウットリ。この矛盾こそが最高なのだ(写真:本人提供)

 でも言われてみれば、確かに私も身に覚えがないわけじゃない。仕事にせよ子育てにせよ「誰かに求められている」ことは生きがいに繋(つな)がる。現役を退けばたちまちそれを失うわけで、自分は誰からも求められていないとなれば、何のために生きているのかということになってしまう。

 確かに私も会社を辞めるときは底知れぬ不安があったのだ。そこを何とかくぐり抜けた私に言えることがあるとすれば、そこを「悩むこと」そのものが第二の人生の醍醐(だいご)味ではないだろうか。

 肝心なのは悩みまくること。安易な答えに飛びついてはいけない。例えばピアノを習いメキメキ上達して発表会に出て「すごーい」と言われることをゴールになどしてはいけない。そのような成果主義は「第一の人生」の価値観である。下り坂を行くものがその価値観のままでいては敗北と恐怖の人生となろう。その圧倒的現実と向きあった先に、単なる趣味が人生を支える豊かな泉となる。

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

AERA 2022年2月14日号