訪問診療先の加藤誠(かとうまこと)の家は友愛会病院から車で30分ほどかかる住宅街の坂の途中にあった。入り口には鉄格子のような大きな門があり、脇には名前の書いていない住所だけ書かれた表札とインターホンが並んでいた。

「どちらさま?」

 中年男性の野太い声が帰ってきた。

「友愛会病院です」

 遠藤が丁寧に答える。

「ちょっと待ってて」

 それからしばらくして玄関の扉が開き、メガネをかけた白髪交じりの男性が神経質そうに顔を出した。

「鈴木先生は?」

 加藤はぼくの方をちらっとみて、遠藤に聞いた。感じの悪い人だ。

「今日から新しく手伝いに来てくれる工藤先生です」

「大丈夫なんだろうね」

 加藤は不快感を隠すことなく言葉にした。

「心配ありません。南海大学病院で勤務する優秀なお医者様です」

「あそこの病院はヤブが多いって聞くけどね」

 それから加藤はぼくたちを中に入るように顎で合図した。

 玄関の正面には村上隆の新作絵画が飾ってあり、左に曲がるとその奥には20畳ほどあるリビングが見えた。ぼくと遠藤は高級そうなソファの横を通り抜け、更に奥にある加藤の父が横たわるベッドに案内された。

「誠一さん、こんにちは。友愛会病院の遠藤です」

 加藤の父は「ああ」と唸り声をあげた。声からはわかっているんだかわかっていないんだかこちらにはわからない。

「今日は新しい先生が診察されます。工藤先生です」

「こんにちは、加藤さん」

 ぼくはハキハキとした声で軽く笑顔を浮かべながら加藤に挨拶をした。初対面での印象は大事だ。医者というだけで怖がる年寄りもたくさんいる。とにかくニコニコしておかなければならない。

「背中にぶつぶつができているようなので見せてくださいね」

 遠藤が手早く加藤の体を横にずらし、体を横に倒す。

「ベッドの手すり、持っていてください」

 じめっとしたパジャマをまくり、背中を露出させる。

「ちょっと診ますね」

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