佐藤愛子 (撮影/写真部・東川哲也)
佐藤愛子 (撮影/写真部・東川哲也)

佐藤:彼はまじり気のない文学青年。事業なんかやれるわけないのに、うぬぼれが強くて頭がいいと思ってるから、タカられる一方で、スッテンテンになっちゃって。

林:「君に借金を負わせるわけにいかない」と言って、形だけの離婚をしたと思ってたら、ご主人はさっさと結婚なさったんでしょう?

佐藤:あれはいっぱい食いましたね(笑)。私、わりとお人よしなんですよ。そうは見えないでしょうけど(笑)。あのときは、今も私が住んでいる家だって、四番抵当にまで入っていましたからね。借金取りはやってくる。電話はかかる。おまけに直木賞を受賞したものだから、そっちの電話もひっきりなし。いろんなことがいちどきにわーっときて、亭主はどこにいるのか、借金取りから逃げてるので、住所は不定なんですよ。子供は小学校2年でした。全く獅子奮迅というありさまでしたね。

林:そんなときがあったとは……。

佐藤:ずっと後になって気がついたことは、私は戦争向きの人間らしいのね。そんな毎日を嘆くとか悲しむとかは全くなかったんですね。はり切って朝を迎える、という毎日でした。

林:さすがです。

佐藤:借金取りとも友情のようなものが生まれまして。一人でしょんぼり来る借金取りがいて、取り立てるのはたった10万円の金なんですよ。でも私の所には1万円足らずのお金があるだけ。本人は1万円でもいいからというんだけれど、それを渡したら、明日子供に学校へ持たせてやる修学旅行だったかの積立金がなくなる。椅子に向き合って、どうすることもできずにいると、その男が、ではすみませんが夜までここにいさせてくださいませんか、っていう。うちへ帰ると奥さんに叱られるので、せめて夜まで静かにしていたいというのでね。向き合って座ってるうちに、だんだん気の毒になってきた。女房を恐れる借金取り。30枚の短編ができるワイと思ったりね。

林:何でも書くネタになる、と思ってしまうのは、作家ならではですよね。

暮らしとモノ班 for promotion
片づかない家が“片づく家”に!ママお助けのリビング、メイク、おもちゃ…を整理するグッズ20選
次のページ