その最たるものが、気候危機だ。多くの科学者が警告しているように、気温上昇によって、地球環境は人類にとって過酷なものになり、干ばつや豪雨、山火事などが多発し、食糧や水といった最低限の生存のための条件も今後、危うくなっていく。
この「人新世」の危機という視点を抜くと、新型コロナのパンデミックやロシアの戦争は、冷戦よりも歴史の時計はさらにさかのぼり、世界大戦へと突入していった100年前の帝国主義の時代への逆戻りのようにみえる。もちろん、多くの論者が指摘するように、プーチンの専制はナチスやヒトラーを想起させる類似性はある。だが、時代は単に反復するのではないからこそ、差異にも注目しなければならない。
要するに、21世紀の戦争は、「人新世」という完全に新しい環境で遂行されている。つまり、戦争や紛争にも地球環境的要因が影響を与えるようになるのだ。
例えば、シリアの難民問題を生むことになった内戦やアフガニスタンでのタリバーン復権がそうで、気候危機の影響による干ばつで多くの人々が困窮した結果、政治的に不安定になったと言われている。つまり、シリアやアフガニスタンの難民は、愚かな独裁者が引き起こした内戦の痛ましい犠牲者であると同時に、「気候」難民なのである。気候変動の被害が、年々、拡大するにつれ、世界秩序の不安定性は高まっていく。
同じように、今回のロシアの侵略戦争の原因を、ロシア帝国再建という帝国的野望だけに求めることはできない。ましてや、錯乱した独裁者の暴走とみなすのは不適切だ。プーチンの意識や振る舞いは——仮に彼が本当に錯乱しているとしても——、「人新世」の気候危機に対する適応の必要性によって規定されていると見たほうがよいだろう。
そのためにはまず、「寒いロシアは温暖化で得をする」というようなステレオタイプは、捨てねばならない。むしろ、今回の戦争は、愚かな帝国主義的侵略であると同時に、「気候」戦争としての側面がある。自然的要因が社会的要因とますます切り離せなくなる人新世という時代においては、気候変動という視点から今回の戦争もとらえなおす必要があるのだ。