段田安則(撮影/写真部・戸嶋日菜乃)
段田安則(撮影/写真部・戸嶋日菜乃)

 でも、それこそ段田さんが名優であるゆえんかもしれない。事務所の後輩でもある八嶋智人さんは、段田さんが主力俳優として活躍していた夢の遊眠社の舞台を観て、俳優を志した。ムロツヨシさんは学生時代、大ファンだった深津絵里さんを見るために足を運んだ舞台で、段田さんの芝居に心を奪われ、俳優を目指すことにしたという。段田さんの芝居は、それを観た人に希望や勇気を与えた。普段は無力でちっぽけな存在であっても、舞台の上なら時空を超え、全く違う人間になれる、そんな光を。

「僕の出演した舞台を見て、俳優になりたいと思ったなんて話を聞いたからといって、『じゃあ何かうまいアドバイスをしなければ』とかは思わないです。せいぜい『あんまりいい加減なことをしちゃまずいな』という程度(笑)。僕も若い頃は、先輩たちの舞台を観て、たとえば『ありがとう』という台詞ひとつでも、『この人の“ありがとう”は、本当に“ありがとう”と思っているように聞こえるな』とか、『声のトーンが好きだな』なんて感じていたりもしたので、それに近い感覚なのかな。若い頃いいと思った俳優ですか? ……うーん、顔は出てくるんですが、名前がどうにも出てこない……」

 そう言いながら悪びれずに、「最近、年のせいで記憶がダメになっちゃって」と、朗らかに笑った。(菊地陽子 構成/長沢明)

段田安則(だんた・やすのり)/1957年生まれ。京都市出身。青年座研究所を経て、81年、劇団夢の遊眠社に入団。92年の解散まで主力俳優として活躍。菊田一夫演劇賞、読売演劇大賞並びに同最優秀男優賞、朝日舞台芸術賞、紀伊國屋演劇賞など、受賞多数。2009年の「夜の来訪者」、20年の「女の一生」(22年10月再演)等では演出を手がけた。現在、WOWOW連続ドラマW「邪神の天秤 公安分析班」に出演中。

週刊朝日  2022年3月18日号より抜粋