この日夫婦で会場を訪れた60代の男性は震災で弟を亡くしたという。例年は自宅で手を合わせることが多かったが、弟の名が刻まれた慰霊碑の前で式典が開かれることになり、会場を訪れることを決めた。
「遺族代表の方々と一緒に黙とうして、静かに手を合わせようと思っていました。長渕さんのような方が石巻に来てくれること自体はありがたい。でも、静かに故人に思いをはせる場がこのように大混雑になってしまって複雑です」
石巻市は追悼式に有名アーティストが出演することについて、AERAの事前取材にこう回答していた。
「献歌に込められた、亡くなられた方々への深い悲しみと、忘れないという思い、そして立ち止まったままではなく、一歩進もうというメッセージは、ご遺族にとって必ず力になると信じている」
多数の人が集まるのではないかとの懸念に対しては、「コロナ禍の開催でもあることから、遠方からの来場は遠慮いただきたい旨、事前に告知している」としていた。
長渕さんの来場について、石巻市が地元記者クラブに通知したのは3月8日で、報道解禁は10日13時とされた。追悼式前の地元メディアの報道は一部にとどまり、石巻市側、長渕さん側共に広報活動はしていない。それでも、報道や口コミなどで知った人が市内外からこれだけ多く集まった。
長渕さんの所属事務所は大勢の人が集まったことについて、「みなさま静かに追悼の気持ちであの場にお集まりになられたのだと受け止めております」としている。また、会場では、長渕さんの歌に、あるいは長渕さんが訪れたこと自体に勇気をもらったという声も聞いた。
宮城県内では、去年まで沿岸の13市町が行政主催の追悼式を開催してきた。だが、11年目の今年開催したのは石巻市と東松島市の2市にとどまる。風化に抗うためにも、遺族たちの思いを受け止めるためにも、追悼式は重要な場だろう。だからこそ、追悼の場がどうあるべきなのか、議論と検証が必要だ。(編集部・川口 穣)
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