小佐野:僕は、やはり恵まれた環境にいると思うんです。けれど、そういう環境にいることで逆に生きづらいとか、あるいは苦しいということが言いづらいというところもあって、もちろん食べるものがないとか、誰に助けを求めていいのかもわからないというような状況にいて、いままさに生命の危機に瀕しているような人と比べると僕なんかの感じていた苦しみは大したことがないように、どうしても思うんですけど。でも、「伊勢物語」の在原業平が子どもを失くしたりだとか、愛する人と結ばれなかったりして悲しんだように、どんな立場の人であっても感じる悲しみとか苦しみっていうのはあるのではないか、そういうものを感じてもらえたらというつもりで、この作品は書いたところがあります。
李:私は今回の作品を読んで、小佐野彈という作家に関しての理解が増したような気がしました。主人公のダンとアイコちゃん、そしてハヤトくんという三人の関係は、ひょっとしたら『車軸』のインスピレーションのもとになったのかなと思いました。『車軸』も、ゲイの潤、大学生の真奈美、ホストの聖也という三人の関係が軸になる話でした。
小佐野:たしかに変な三角関係というのは、僕の根底にあるものなのかもしれません。人間関係に関して、恋人やセフレとか、その関係性にみな名前をつけたがるじゃないですか。でも実際は、名前がつけられない人間関係ってすごく多いと思っていて。僕の彼氏というか、彼氏と呼んでいる人物は、バリバリのノンケで、僕の中では、そういう相手、パートナーを、どう呼べばいいのか、その関係には名前がつけられない。どういう関係までいけば恋人で、どこまでが友達なのか、関係性を形容する名称がわからないものがあって、僕と李さんの共通点としては、その何が正しいかわからない、あるいは名前をまだ持ってないものの名前を探しているという意味では近いものがあるのかなと、勝手に今、思いました。
李:そうですね。そのグラデーションとか揺らぎの部分を描くのが文学なんじゃないかと思います。そういう意味で、私達は近いのだと思います。