小佐野彈著『僕は失くした恋しか歌えない』(新潮社刊)
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李:今回の作品は自伝的な小説ですよね。小佐野さんの小説はデビュー作の『車軸』、それから「文學界」に掲載された「したたる落果」を読んでいまして、今回はすごく毛色が違った。デビュー作の『車軸』は、私は正直そこまで好きではなかったんですけど(笑)。「したたる落果」は台湾に住んでいる日本人のコミュニティーを舞台に、いろいろな人間が描かれていて、とても深みがあって面白かった。今回は、改行も多くて、文体がまず全然違いますよね。

小佐野:今回の小説はエンタメをかなり意識しましたし、「自分の物語」なので、自分の心のリズムを優先して書いたところがあるかもしれません。短歌が間に入るので、散文のリズムが崩れないようにというふうにも思いながら書きました。

小佐野彈著『銀河一族』(短歌研究社刊)
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李:私は、短歌に関しては明るくないのですが、今回の小説は散文のなかに挟まれた形で韻文(短歌)が出てくるので、何が詠まれているのかがわかりやすい。短歌の初心者にとっても優しい本になっていると思います。同日に発売された歌集の『銀河一族』も読みましたが、こちらは日本の歴史、たとえばロッキード事件のことを、台湾生まれなので、私はそんなに知らないんですよね。でも「落花生麻袋詰三匁しめて三億適正価格」という歌があって、そういうのが、すごく面白かったです。「落花生」って何だろうと思って、調べたんですよね。それで、ロッキード事件で、ピーナッツが隠語として使われていたことを知りました。

小佐野:李さんは本当に真面目なんですよね。僕の本にもマーカーを引いてすごく読み込んでくれていて、本当にありがとうございます。『銀河一族』に関しては、端的に言うと僕の生まれた家の歴史を書いています。今回、僕は、ある意味で、ちょっとルール破りというか新しいことをやらせてもらったと思っていて、短歌というのは、そのときの感情を記録するにはとても優れていると思うんですが、一方で、散文と比べると、事実を記録するのには向きません。けれど、『銀河一族』では、僕が自分の一族のことを内部からの目で綴っていったら、違う歴史のようなものが描けるのではないかと思ったんです。

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