李琴峰さん(撮影/朝日新聞出版写真部・加藤夏子)
李琴峰さん(撮影/朝日新聞出版写真部・加藤夏子)

李:私たちは今、基本的に自由意志が尊重される社会を生きているじゃないですか。誰かに強制されて結婚することもおそらくないし、誰かに強いられて職業を選ぶことも、多分ないと思うんですけれど、出生だけは自分の意志が全く介在しない。そういう意味では強制されているというふうに言ってもいいと思うんですね。現状とは逆に、自分が産まれて来るかどうかを、自分で決められる世界だったらどうなるのか。小説でシミュレーションしたわけですけれども、その世界には、やっぱりいろんな綻びがある。胎児の意思は尊重されているかもしれないけれど、妊娠する側の気持ちはどうなるか。ブラックボックスな部分がある制度ゆえに、不備があるのではないかという批判もある。何が正しいのかについて、この小説では、答えは出せていないんですけど、それはつまり読者の方々に一緒に考えて欲しいと思うからだし、答えはないけれども考え続けることを諦めてはいけないと思っているからなんです。何が正しいのか、なんてどうせわからないのだから、現状維持でいいじゃないみたいな感じにはならず、やっぱり何が正しいのかを常に考え続けないといけないし、なるべく多くの人の選択肢を増やせる方向になればいいなとは思っています。

小佐野彈さん(新潮社提供)
小佐野彈さん(新潮社提供)

小佐野:社会が豊かであるというのは、そういう状況のことをいうのではないかと思います。選択肢が保障されるべきというのは、まさしく僕もそうだと思っていて、そして答えが出ない問題があるというのも、本当にその通りですよね。李さんの場合は、そういう答えが出ない問題に対しても絶対あきらめないし、ちゃんと考えていこうっていうのが作品からも、すごく強い意志として感じられます。一方、僕の作品は、既存の社会秩序に対しての、諦めみたいなものが、あるように映るらしいですね。デビュー作である歌集『メタリック』に対しても、最新刊『僕は失くした恋しか歌えない』に対してもそういう声がありました。率直に、今回の僕の新刊を李さんはどう読まれましたか。

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短歌の初心者にとっても優しい本になっている