パリのコンコルド広場前の観覧車にて(2018年/著者提供)
パリのコンコルド広場前の観覧車にて(2018年/著者提供)
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 夫・ひろゆきとのちょっとおかしな生活をつづり話題となったコミックエッセイ『だんな様はひろゆき』(原作・西村ゆか、作画・wako)。“宇宙人”さながらの夫とのユーモアのある日常や、暮らしでの折り合いのつけ方が大きな話題となり、3万部(電子版含む)を突破した。日々、共存方法を模索する妻ゆかさんに、価値観の違う夫婦が仲良く共存する方法について特別エッセイを寄稿してもらった。今回のテーマは「論破王な夫を論破する方法」だったが、「夫婦やパートナーで論破合戦なんてしてもメリットなくない?」と語るゆかさん。その真意とは?

【マンガ】家ではほとんど宇宙語で話すというひろゆきさん

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■家庭内で論破してもいいことナシ

「普段ひろゆきさんとどんな会話してるの?」といった質問を良くされます。

 論破王(彼からそう名乗ったことはないはずですが)と呼ばれて久しい夫と暮らしているので、プライベートの彼がどんなことを喋るのか気になる……という感じだと思うのですが、改めて思い返しても、日々の何気ない出来事から時事ネタ、共通の知人の話題など……多くの人が話すであろう会話と変わりない気がします。

 ちなみに1番多いのは、漫画でも描いた通り「しゅっしゅ!」「むふーん」など翻訳不能な宇宙語なので、議論とはほど遠い感じです。

 そもそも夫婦やパートナーって共に進むバディなわけで、無駄に対立構造を作っても良いことなんてありません。「論破」が盛り上がる状態というのは、テレビ番組など尺の決まったイベントで絵になる瞬間が作れ、かつそれを“他人事”として観られるから面白いと感じられるわけで、『水戸黄門』や『半沢直樹』を観て、わかりやすい悪人がコテンパンにされて「あーすっきりした!」と言う図式と同じです。

 一方、それが自分事として起きたら厄介です。職場でも友人関係でも、好戦的に畳み掛けてくるような人間って嫌じゃないですか。それが家族なら尚更で、例え揉めたとしても、次の日も一緒に暮らしていかなければならない間柄で論破とか、基本しない方が無難だと思う派です。

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論破はお茶の間でウケてるの?