温泉旅館を継げる立場を利用して、優秀な経営者になりたい、と考えた(写真=今 祥雄)
温泉旅館を継げる立場を利用して、優秀な経営者になりたい、と考えた(写真=今 祥雄)
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 星野リゾート代表、星野佳路。1914年、星野温泉旅館が軽井沢で開業した。それから100年を超え、曾孫の星野佳路が代表に就任した。当初の従業員は200人。同族の特権を排除し、フラットな企業を築き上げ、今では40以上の施設で4千人が働く。常に考えるのは、正しい経営をすること。欧米中心のホテル業界に、日本らしいホテルを作って、世界に一泡吹かせたい。

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 2月の氷点下のゲレンデを星野佳路(ほしのよしはる(61)が滑り降りてくる。東北最大級のスキー場、福島県にあるアルツ磐梯は、星野リゾートが運営を担う。スキー場に隣接する磐梯山温泉ホテルへの滞在は3日目だった。視察に来ているわけではない。この日も真新しいパウダースノーを楽しんだ。年間60日は滑ると決めたのは、50歳のときだ。

「人生最後の日に悔いがあるとすれば何があるだろうと考えたとき、仕事にあるような気がしませんでした。おそらく、スキーをもっと極めておけば良かったと思うに違いない、と。子どもの頃はプロスキーヤーを夢見たこともありましたから。それで数値目標を作りました」

 夏場に南半球でも滑ることができた。しかし、コロナ下で海外に行けない今は、冬場のほとんどを日本のスキー場で過ごす。平日の会社に代表がいない。オンラインでのミーティングや取材・来客対応などを外でこなすが、こんな型破りな働き方をする経営者はなかなかいないだろう。だが、社員の受け止め方は異なる。昨年秋までグループ広報や奥入瀬渓流ホテルの総支配人を務めていた元社員の山下麗奈(47)はこう語る。

「そういう経営でいいんだ、これが星野リゾートらしい、とみんな感じていると思います。人間ってこうあるべきだよね、とも。代表が楽しんでくれているなら、それでいいんです。むしろ、みんなの安心感になっていると思います」

 00年代に山梨、福島、北海道などのリゾート再生を担い、今ではラグジュアリーカテゴリー「星のや」、温泉旅館「界」、自然を体験するリゾート「リゾナーレ」、都市観光ホテル「OMO(おも)」、ルーズなカフェホテル「BEB(べぶ)」の五つのサブブランドを展開。日本を代表するホテル運営企業として圧倒的なブランド力を誇るのが、星野リゾートだ。

 ルーツは星野の曾祖父が開業した軽井沢の星野温泉旅館。星野が代表に就任した91年には、従業員が200人ほどの会社だった。それから30年。今や40以上の施設運営を手がけ、約4千人が働く。いったい何が起きたのか。

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