藤野千夜(ふじの・ちや)/1962年、福岡県生まれ。千葉大学教育学部卒。95年「午後の時間割」で第14回海燕新人文学賞、98年『おしゃべり怪談』で第20回野間文芸新人賞、2000年『夏の約束』で第122回芥川賞を受賞。家族をテーマにした直近刊『じい散歩』も話題に(撮影/写真映像部・高橋奈緒)
藤野千夜(ふじの・ちや)/1962年、福岡県生まれ。千葉大学教育学部卒。95年「午後の時間割」で第14回海燕新人文学賞、98年『おしゃべり怪談』で第20回野間文芸新人賞、2000年『夏の約束』で第122回芥川賞を受賞。家族をテーマにした直近刊『じい散歩』も話題に(撮影/写真映像部・高橋奈緒)
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 AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。

『団地のふたり』は、芥川賞作家・藤野千夜さんの著書。50歳を迎えて、生まれ育った団地に戻った幼なじみの2人、なっちゃんとノエチ。仕事が減っているイラストレーターのなっちゃんは、フリマアプリで売り上げを立て、団地の高齢者に何かと頼りにされている。非常勤講師のノエチは仕事のストレスを吐き出しながら、2人は団地で「のんびりと」暮らす。日常生活のディテールを読むのも楽しい。藤野さんに、同書にかける思いを聞いた。

*  *  *

 50歳、独身、団地暮らし。売れないイラストレーターのなっちゃんと大学の非常勤講師のノエチは、特別な用事がなくても一緒に過ごす。

 芥川賞作家・藤野千夜さん(60)の新作『団地のふたり』は、保育園からの幼なじみふたりの暮らしを、こまやかに描いた作品だ。

「物心ついてから10歳くらいまで横浜の団地に暮らしていたので、団地に郷愁はありました。数年前、小説の取材で行ってみたら、外壁だけ塗り替えていたけれど、そのまま残っていた。昔、住んでいた場所に暮らすのはいいかも、と思って、生活圏としての団地が気になっていたんです」

 都内を歩いていると、不意に団地に出くわすことがある。

「自分がどこで暮らしていれば平和なのかと考えると、都心のタワマンではなく、落ち着いた場所に友達ひとりいればいいな、と。この小説の状況なら私は楽しく生きていける、と思って書きました」

 作品ではさまざまな固有名詞が登場する。フリマアプリで生計を立てるなっちゃんが売った「パラッパラッパーの大判ハンカチーフ」は500円、藤原竜也の写真集は990円。ふたりがよく見るのは、BSの「断捨離」番組で、各章の最後には「本日の売り上げ」「本日のお買い物」もある。

「読者として本を読んでいても具体的なディテールが面白いんです。橋本治さんが『桜のパックは一度あけるとしまらなくなる』と書いていて、ホチキスで留めていた昔のパックは確かにそうでしたよね。忘れていた隙間を思い出すというか、小説に書かれたから残るものがあると思います。織田作之助『夫婦善哉』の自由軒でカレーを食べる描写とかも楽しいですね」

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