
AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。
『団地のふたり』は、芥川賞作家・藤野千夜さんの著書。50歳を迎えて、生まれ育った団地に戻った幼なじみの2人、なっちゃんとノエチ。仕事が減っているイラストレーターのなっちゃんは、フリマアプリで売り上げを立て、団地の高齢者に何かと頼りにされている。非常勤講師のノエチは仕事のストレスを吐き出しながら、2人は団地で「のんびりと」暮らす。日常生活のディテールを読むのも楽しい。藤野さんに、同書にかける思いを聞いた。
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50歳、独身、団地暮らし。売れないイラストレーターのなっちゃんと大学の非常勤講師のノエチは、特別な用事がなくても一緒に過ごす。
芥川賞作家・藤野千夜さん(60)の新作『団地のふたり』は、保育園からの幼なじみふたりの暮らしを、こまやかに描いた作品だ。
「物心ついてから10歳くらいまで横浜の団地に暮らしていたので、団地に郷愁はありました。数年前、小説の取材で行ってみたら、外壁だけ塗り替えていたけれど、そのまま残っていた。昔、住んでいた場所に暮らすのはいいかも、と思って、生活圏としての団地が気になっていたんです」
都内を歩いていると、不意に団地に出くわすことがある。
「自分がどこで暮らしていれば平和なのかと考えると、都心のタワマンではなく、落ち着いた場所に友達ひとりいればいいな、と。この小説の状況なら私は楽しく生きていける、と思って書きました」
作品ではさまざまな固有名詞が登場する。フリマアプリで生計を立てるなっちゃんが売った「パラッパラッパーの大判ハンカチーフ」は500円、藤原竜也の写真集は990円。ふたりがよく見るのは、BSの「断捨離」番組で、各章の最後には「本日の売り上げ」「本日のお買い物」もある。
「読者として本を読んでいても具体的なディテールが面白いんです。橋本治さんが『桜餅のパックは一度あけるとしまらなくなる』と書いていて、ホチキスで留めていた昔のパックは確かにそうでしたよね。忘れていた隙間を思い出すというか、小説に書かれたから残るものがあると思います。織田作之助『夫婦善哉』の自由軒でカレーを食べる描写とかも楽しいですね」