TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽とともに社会を語る、本誌連載「RADIO PA PA」。黒木華さんについて。
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すみずみまで抗菌の行き届いたリビング。トラッシュボックスにキッチンとソファ。現実とフィクションが曖昧な空間で、登場人物はコーヒーを淹れ、食器を洗う。
相手の気持ちを忖度するふんわりした会話の中、日々襲いかかるリアルに傷つきながらも対処していこうとする親子2世代の夫婦の物語が「もはやしずか」(三軒茶屋・シアタートラム)だった。
作・演出の加藤拓也は「遠回しの会話の応酬で作り上げました。そして、次第に切羽詰まった状況になっていく」と打ち明けてくれた。
まず親世代のストーリーから始まる。平原テツと安達祐実が夫婦を演じる家庭では次男が自閉症だった。ぼくは嫌だ! 幼稚園に行きたくない! と鮮明に自我を主張し、その声だけが現実とつながっているように思えた。
長男の康二(橋本淳)は成人して結婚し、妻と不妊治療を続けている。
黒木華が演じる妻、麻衣は痛々しいまでに子どもを望んでいた(ひそかに他人の精子提供を募集しようともする)。
やっと妊娠すると、出生前診断で障がいの可能性を医者に告げられてしまう。麻衣はそれでも産みたいと告げるが、康二には事故で亡くなった弟の障がいがトラウマになっていた。
2時間におよぶ会話劇は心地よい音楽のような言葉の往還だった。
会話に含まれる内容は相違する人生観とエゴの静かなる戦いに終始し、仲が良いのに理解しあえないもどかしさがなんとも虚しく、切なかった。しかし、僕はうっとりした。会話が永遠に続けばいいとさえ思った。
それは黒木華が素晴らしかったから。彼女の言葉は流麗で嘘(うそ)がなく、声に耳を澄ませるだけで、現実は重く厳しいけれど、会話を続けているうちは希望があると感じた。
黒木は自身が演じた妻、麻衣について「子どもが欲しいという目的に関することは絶対に曲げないし、負けない。貪欲な強さがある女性だと思います。『なんでそうなの?』と頭の中では怒りながらも、その気持ちを抑えて論理的に攻めていく」と語る。さらにこうも。