『瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと』から
『瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと』から

「話し始めたのは、自らの『最期のとき』についてのことだった。『最近、<終末>という言葉がよく頭に浮かぶようになった。でも別に暗い感じではないの。明るいけどこれが終わりなのかなという感じ』」(2021年1月1日の項、本書より)

 映画でも出てくるが、100歳近い作家の終末観だ。

「自然と先生が、しゃべりだしたことなんです。あのころ、『死んだら無だ』というかと思えば、翌日には『死んだら何かあるような気がする』とおっしゃっていた。揺れていたのでしょうが、その揺れがリアルだと思うんですね。頭の中に想念として浮かぶことが揺れるというところに、リアルを感じます。しかも、意識がしっかりした揺れですから、すごさも感じました」

 2021年6月8日の項では、新聞の連載エッセーに書いた清滝のホタルの話が紹介されている。監督とおぼしき男性との交流の一端を描いた一文で、秘した恋情の漂うような小景でもある。

「あの文章はすごいと思った。弱々しいけれど、光を持って輝いている。ホタルはそういう象徴的なもの。100歳近いのに現役の作家として、こういう文章を書くのか、と心底驚きました。ホタルがふわふわ舞うのが、先生の命の灯がついたり消えたりするようにも思われ、そこに僕のような存在もいる。私小説ですよね。虚構と現実がないまぜになっているし、時空間も飛び越えている。不思議な世界観なのですが、作家としてどこかに到達したというような迫力を感じました」

「映画の最後に、この文章をもってくるというのは編集の初期段階で考えていたんですよね。これはこれで終われるな、先生の到達点としてこれがベストだなと思った。文学者を描いた映画なのに、文章の引用はあそこだけなんです」

 寂聴さんは、恋愛関係にあった男性を小説に描いてきた。中村監督もその男性の1人になったのだろうか。

「そんな大それた意識はないんですけど。何がしか、お役に立てた側面はあるかもしれません。その点はよかったと思っています。フランスの作家マルグリット・デュラスは晩年、年の若いパートナーと過ごしましたが、先生は『それをイメージしていた』というようなこともおっしゃっていました」

 デュラスといえば、最後の愛人ヤン・アンドレアの著書『デュラス あなたは僕を(本当に)愛していたのですか』を原作とする名優ジャンヌ・モロー主演の仏映画「デユラス 愛の最終章」(2001年)がある。16年間の愛の軌跡を描いた作品だ。

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「失われていない感情が実を結んだ」