完成した映像を見た瀬尾さんが映画についての感想を話してくれた。

「実は瀬戸内が亡くなったあと、ニュースや追悼番組などが見られなかったのです。つらいし、悲しいし、悔しい。亡くなったことを認められなかった。でも半年経ってこの映画を見たら、また会えたような気がしました。そうそう、こんな感じで動いて、お話して、それでよく笑って……。なんだか懐かしい感じもしました。というのも、映画で瀬戸内が話す場面は、私がいつも座っていた場所から撮影したもので、私の定位置からの視線なのです」

 印象的なのはスクリーンに映る瀬戸内さんは終始笑っていることだ。瀬戸内さんが笑うと周りの人もおのずと笑顔になる。体操をするシーンでは寝ている状態から起き上がろうとするが、なかなか起き上がれない。最後にはなんとか成功する。

中村 裕(なかむら・ゆう)/ 1959年生まれ。NHKスペシャル「いのち 瀬戸内寂聴 密着500日」で2016年ATP賞ドキュメンタリー部門最優秀賞(撮影/横関一浩)
中村 裕(なかむら・ゆう)/ 1959年生まれ。NHKスペシャル「いのち 瀬戸内寂聴 密着500日」で2016年ATP賞ドキュメンタリー部門最優秀賞(撮影/横関一浩)

「先生は負けん気が強くて、諦めないですね。ニコニコ笑いながら、いつも復活していました」と中村さんは懐かしそうに振り返る。

 瀬戸内さんは作家の顔も見せる。中村さんに毎日のようにある原稿の締め切りの一覧を見せ、迷いなくペンを走らせる。そのときは作家として凜とした空気を感じた。中村さんは言う。

「瀬戸内さんに以前『末期の眼』という話をしましたねと話したとき、生と死の間で揺れていることを強く感じました」

「末期の眼」とは川端康成が書いた随筆の題名である。死を目の前にした人の眼には、世の中のものが美しく見えるという意味のようで、もとは芥川龍之介が遺稿「或旧友へ送る手記」で使った言葉だ。川端の随筆の中にはこう書かれている。

「あらゆる芸術の極意は、この『末期の眼』であろう」

 瀬戸内さんはもう長くない、だから今見るもの聞くものを「末期の眼」で見ている、と中村さんに話した。しかし、瀬戸内さんは作家になって以来ずっと、あらゆるものを川端の言う「末期の眼」で見て、小説という芸術に昇華させてきたのではないだろうか。瀬戸内さんの笑顔は、この世を「末期の眼」で見た覚悟とそれを乗り越えた姿なのかもしれない。

 作家・瀬戸内寂聴について中村さんは、

「書くことはある種の告白であり、懺悔(ざんげ)であると。傷口を広げてペン先に血をつけて書くことが自分の文学だとお話しされました。作家としてそこまでの覚悟があったのですね。何事にも期待に応えようと、真剣に取り組んでいる姿には心を打たれました」

 と静かに話した。

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