AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。

『一汁一菜でよいと至るまで』は、土井善晴さんの著書。普段の食事は一汁一菜でよいと提案して注目を集める土井さんが、そこに至るまでの自らの足跡と思考を振り返る。料理研究家の父のもとで育ち、フランスや大阪で修業し、料理研究家として家庭料理を教えてきた歩みからは、料理界の変遷も見えてくる。土井さんに、同書にかける思いを聞いた。
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日々の食卓には具沢山の味噌汁とご飯、漬物の一汁一菜があればいい。土井善晴さんが6年前に著した『一汁一菜でよいという提案』は家庭料理に意識革命を起こした。
何皿ものおかずを並べないといけない重圧から解放された人、味噌汁に肉や魚など何でも入れる自由な発想を知って料理の楽しさに気づいた人、料理を始めた人もいる。
「料理は人間の最初のクリエーションですから、誰でもできる資質は持っている。今あるもので、さあ、どうやって食べよう。家庭料理はこれだけでいいんですね。その基本となるのが一汁一菜です」
最初に女性たちが賛同し、養老孟司さんが書評をしたり、コロナで家にいる時間が長くなったりするうちに男性にも浸透してきた。
ただ、多彩なレシピを教える仕事をしてきた料理研究家が、なぜ逆方向の一汁一菜にたどりついたのか。この本では土井さんの子ども時代から現在までの人生と思考の軌跡が明かされている。
父親で料理研究家の土井勝さんの背中を見て育ち、フランスや大阪の「味吉兆」で修業した後、父親の経営する料理学校で家庭料理を教え始める。しかし、プロの技を持つ自分がなぜ家庭料理を教えなければならないのか。悩む土井さんに人生のターニングポイントが訪れる。まるで青春小説のような面白さに加え、この半世紀の料理界の変化も知ることができる。
1970年代に始まったフランスのヌーベル・キュイジーヌに触れ、昔ながらのスイスの広大な調理場と近代的な調理場の両方を経験。フランスでは料理界の長老の家に居候して家庭料理も味わった。フランス料理と日本料理、プロの料理人と家庭料理の専門家を行き来した土井さんならではの視点が光っている。