身ぶり手ぶりを加えながら、茶目っ気たっぷりに話したかと思うと、少しややこしい質問には、数秒間沈黙してから、ゆっくりと自分なりの答えを導き出す。その姿からは、明るくてユーモアとサービス精神に満ちた人という印象を受けるが、時々ふと、瞳の中に狂気を感じさせるような独特の陰影が滲んだ。

 内野さんが現在稽古に励んでいる舞台は、「M.バタフライ」。文化大革命前夜の中国・北京で、駐在フランス人外交官のルネ・ガリマールは、社交の場でオペラ「蝶々夫人」を披露した京劇界のスター女優ソン・リリンと出会い、恋に落ちる。20年にわたり関係が続くが、ソンは毛沢東のスパイであり、実は男だった。実際に起きた事件をもとに創作されたこの戯曲は、1993年ジェレミー・アイアンズとジョン・ローンというキャストで映画化もされている。

「二十数年間も、相手がスパイで、実は男であることに気づかなかったというのは、にわかには信じられないかもしれないですが、実話がきっかけの戯曲なんですよね。なぜ、ガリマールが騙されてしまったかというと、恋愛の初期の段階で、『彼女にはこうであってほしい』という願望や理想化されたイメージを、相手に投影しすぎてしまったからじゃないかと僕は思うんです。だとしたら、特殊なようで、誰にでもありうるお話でもある。しかも、各国の名優さんがこぞって演じている戯曲だと聞いたときには、『負けられない!』と思う部分もあって。ハハハ……正直なところ、かなりビビってます」

 今回、ソンを演じる岡本圭人さんは、ストレートプレイは2作目だ。30年以上前の翻訳を現代的にブラッシュアップする作業も、今回、内野さんを中心に進められた。

「戯曲の中に“adore”、つまり“崇める”とか“崇拝する”という単語が執拗に出てきて、『そうか、ガリマールはソンに恋するというより崇拝してしまっているんだな』と。自分に都合のいいことしか目に入れようとしない。見たいものしか見ない。汚い部分や都合の悪い部分には目を瞑る……。今は、脚本から滲み出る、そういう人間の愚かさに惹かれています。人間は、人の見かけに騙されるだけじゃなくて、たぶん騙されたがってもいるんですよ。真実を知ることよりも、騙されたままのほうが傷つかずに済むから、本能がそうさせているのかもしれないし」

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