『慰安婦運動、聖域から広場へ 韓国最大の支援団体の実像に迫る』 沈揆先 著
朝日新聞出版より発売中
書名にある「聖域」は、タブーのことである。
手元の辞書で「タブー」を調べると、「超自然的な危険な力をもつ事物に対して、社会的に厳しく禁止される特定の行為。触れたり口に出したりしてはならないとされる物・事柄。禁忌」(『広辞苑 第五版』)とある。
これらのいかめしい表現は、韓国メディアが慰安婦支援団体「韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協、現・正義記憶連帯)」や、運動の象徴的存在だったユン・ミヒャン(尹美香)・前代表に向けてきた特別な視線と重なる。
慰安婦問題は女性に対する著しい人権侵害であり、朝鮮半島においては植民地支配によってもたらされた悲劇だった。被害の実態は確実に存在し、その真相が明らかにされねばならないのは言うまでもない。
だが韓国では時の経過とともに、問題が「被害者中心主義」から「被害者支援団体中心主義」に変わっていった。元慰安婦の意向は多様であるにもかかわらず、支援団体の主張こそが総意であるかのようになり、支援団体は次第に聖域の内側へと入っていった。
そのタブーを打ち破ったのはほかでもなく、挺対協と長年行動をともにしてきた元慰安婦、イ・ヨンス(李容洙)さんだった。当事者による生々しい告発は、尹氏が業務上横領などの罪で在宅起訴される事件に発展した。
韓国言論界の重鎮であり、東京特派員経験者でもある著者は本書で、メディア自身がタブーを打破できなかったことに悔恨の念を示しつつ、まるで挽回を急ぐかのように慰安婦問題をめぐって韓国国内で何が起きていたのかを、メディア報道を引用することであぶり出した。
著者は自身の経験から、韓国メディアが日本を報じる際、二つの「自己検閲」をしてきたと打ち明ける。その対象の一つは「日本を利する記事」であり、もう一つは、「日本に厳しい団体を批判する記事」だったという。前者はかなり改善されたものの、後者には「親日派(植民地支配下で日本に協力した裏切り者)」のレッテルが貼られるのを恐れ、なかなか踏み込めなかった。日本に厳しい団体の代表格である挺対協をめぐる不正事件は、韓国メディアを最後の自己検閲の縛りから解く引き金にもなった。
著者はさらに、日韓の歴史問題で「被害者中心主義」を掲げるムン・ジェイン(文在寅)政権が、実際にはいかに慰安婦問題を保守陣営批判のための道具に使い、国内政治に利用してきたかを、当事者という立場から赤裸々に報告する。
パク・クネ(朴槿恵)前政権だった2015年12月、日韓両政府は慰安婦問題では初めての政治合意に達した。合意に基づき、元慰安婦らの救済目的で韓国に設置されたのが「和解・癒やし財団」だった。