『宇宙は数式でできている』
朝日新書より発売中

 この宇宙は一連の物理法則に支配されている。のみならず、それらは見事なまでに数学にしたがっている。
 さて、これは驚くべき事実なのか、あるいは単に当たり前でしかないのか。はたまた、世界の本質を見失い、一部の現象しか見ようとしない物理学者の無知あるいは思い上がりに過ぎないのか。そして、私がなぜ「この宇宙が数学に支配されていると信じる派」になったのかを具体的な例を交えながら説明したのが本書である。
 

物理学者は、宇宙の根底を流れる摂理を、微分方程式を用いて表現する。ごく簡単に言えば、これがいわゆる物理法則にほかならない。しかし、この摂理と微分方程式が厳密に同じである保証はない。

 例えば抽象的な概念としての「美」や「愛」は、日本語や英語の単語である美とbeauty、愛とloveでは表現しきれない。つまり、単語で表現できるのは概念のごく一部分、あるいはその近似でしかない。したがってそれらの組み合わせである言語が、世界を記述しきれないのは当然である。

 とすれば、言語の一種である数学もまた、この世界を近似的に説明するだけのはずだ。実際、物理学の歴史は、この世界の振る舞いを説明する数学モデルを修正し、その近似精度を向上させる過程の積み重ねのように見える。その修正はこれからも永久に続き、終わりがないと予想することもまた可能だろう。

 しかしである。この保守的あるいは常識的な考え方ではどうしても納得しかねるほど、物理法則が現実をあまりにもうまく説明しすぎる実例が数多くあるのだ。
 本書では、宇宙物理学、なかでも特に一般相対論をとりあげて、数学的に得られた理論予言が実際の観測事実と驚異的な一致を示す具体例を紹介した。

 その一つが水星の近日点移動と呼ばれる現象だ。仮に太陽系が太陽と水星の二つの天体だけでできており、それ以外の惑星も小天体も存在しないとすれば、水星は太陽の周りを楕円軌道を描いて公転する。しかし実際には、水星が公転する際に最も太陽に近づく点(近日点)は、同じ場所に戻るのではなく、少しずつ角度が進むように軌道がずれていく。これが水星の近日点移動である。とはいえ、観測されている角度のずれは100年間に0・16度。ニュートンの理論にしたがって他の惑星による効果を計算すると、0・16度の大半は説明できるものの、残りのわずか0・012度(水星が100年間に公転する角度の合計の1000万分の1以下!)だけが謎として残っていた。それを見事に説明したのが一般相対論である。

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