芸術家として国内外で活躍する横尾忠則さんの連載「シン・老人のナイショ話」。今回は、に子供の頃の夏の想い出について。

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 子供の時の夏の想い出ですか?

 日々、記憶が薄れていく中で、断片的に浮かぶ映像を拾い上げると、小学1年の夏、近所の一つ年上のユーチャンが川で鯉を獲ったのを見に行く途中、小川で滑って大ケガをした時、大声で泣いたら、聞こえるはずもないわが家から母が驚いて、飛んできて、小川の水で足のひざから噴き出す血を洗って、傷口を嘗(な)めてくれました。田舎だから医者に診せるという習慣もなく、家にあった信貴(しぎ)山の神様の「お油(あぶら)」というのをつけて治してくれましたが、今も大きい傷が残っているほどの大ケガでした。そのため長期で学校を休んだので、勉強が遅くれたために菊組の優しい先生から梅組の厳しい先生のクラスに編入させられました。

 僕は六月終りの夏の季節に生まれたせいか、寒い冬より、暑い夏の方が好きです。でも今のように冷房も扇風機もなく、ランニングシャツ一枚になってウチワで扇(あお)ぎながら井戸で冷やした水瓜を父と一緒に食べた光景が今も目に浮かびます。そんな夏の日、父と畳の上で昼寝をしている時、枕元でザワザワ音がするので目を醒ますと、枕元にが獲ってきた蛇がニョロニョロしているのを見て、思わず悲鳴をあげたことを想い出します。

 蛇といえば田舎の夏の風物で、自転車で道を横切る蛇を轢いた時の、蛇が車輪にからまって、蛇と自転車がひとつになって回転する恐しさは、今想い出しても身震いがします。蛇はどこの家にもいましたが、ある日、近所のガキ大将らと青大将を退治して、悪ガキ中の悪ガキが蛇の口に棒を差し込んで、蛇の身体をぐるりと裏返しにするという信じられない恐しい芸当を見せてくれました。そんな青大将をブツ切りにして、まだ動いている蛇の心臓を抜き取って見せ物にして、大喜びしたものです。その挙句、蛇を焼いて、皆んなで食べましたが、ニシンの味をもっと強烈にした味で、口が痺(しび)れてしまったのを想い出しますが、昔の子供のすることは残酷です。

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横尾忠則

横尾忠則

横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰。

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