そう話すのは、残る1会場、代々木八幡の「八幡湯」(渋谷区)とコラボした、漫画家で文筆家のヤマザキマリさん(54)だ。いわずとしれた大ヒット漫画『テルマエ・ロマエ』の作者。ここでは古代ローマではなく、古代ギリシャの共同浴場「バラネイオン」をテーマに、男湯、女湯2種の作品を描いた。
■黄色い風呂桶と一緒に
ヤマザキさんが本格的な銭湯のペンキ絵を手がけるのは初めて。監修の田中さんとともに制作した。オリンピック発祥の古代ギリシャをテーマに選んだのには、こんなメッセージも。
「そもそもオリンピックは、蔓延した疫病を取り払うために神々に捧げた儀式が発祥。運動からして、最初は神々への捧げ物だったと言われます。現代のオリンピックは複雑化していますが、シンプルで清々しい運動会としてスタートしたオリンピックの原点が、あの絵から伝わるといいですね」
会場を提供している「八幡湯」のご主人も言う。
「実は渋谷区にある11の銭湯のうち、ペンキ絵があるのはうちだけ。空は青く、緑が多いのがペンキ絵の基本ですが、ヤマザキさんの作品は、モノクロで、しかも珍しい人物も描かれている。迫力がありますよね」
こうしてどこの銭湯でも、すでに作品は、銭湯の一部に。黄色い風呂桶やキャップ牛乳が並ぶ冷蔵庫などに、何食わぬ顔で交じっているのが印象的だ。
「いいんですよ。今はバチカン美術館にあるラオコーン像も、最初は風呂場にあったもの。アートは、敷居を高くしてはもったいないです」(ヤマザキさん)
パラリンピックが終了する9月には、すべての作品は再び白いキャンバスに戻るとのこと。作品だけを見られる観覧開放日も9月5日までの会期中に設定されているが、せっかくなのでアートと裸のつきあいも、ぜひ。(ライター・福光恵)
※AERA 2021年7月12日号