「安倍政権7年8カ月とメディア・コントロール」という副題通り、マーティン・ファクラー『吠えない犬』は、元ニューヨーク・タイムズ東京支局長による痛烈なメディア批判だ。

 うっすら知っていた話が大半とはいえ、あらためてズバリと指摘されると慄然とする。

 安倍前首相の退任劇や菅現首相の就任劇を伝える大手メディアは異様だったと著者はいう。「秋田のイチゴ農家の出身」「集団就職」「ダンボール工場に就職」「苦学して大学を出た」「パンケーキが好き」などの情報を検証せずに伝えるのは<ただ皆で協力して新首相誕生のお祭りを盛り上げているだけだ>。菅氏は官房長官時代、メディアに圧力をかけてきた張本人だ。<「冷徹な権力者」の一面を報じなければ、国民に偏った情報しか与えないことになる>

 コロナ対策に付随した日本の外国人差別にも筆は及ぶ。

 G7で日本は唯一、外国籍か日本国籍かで異なる扱いをする国だ。長く日本で暮らしていても、外国籍だと春先から8月までに日本を離れたら再入国は認められなかった。このような「コロナ鎖国」を海外メディアは批判したが、日本の大手メディアはほぼ無視した。たまに水際対策の記事が出ても政府の主張を代弁するだけ。<記者クラブメディアは、権力者の言うことを鵜呑みにするだけで、現場で起きている問題を見ようとも、知ろうともしないのだ>

「吠えない犬」とは「権力を監視する番犬」の役割を捨てた日本のメディアのこと。トランプ大統領もメディアを敵と見なして圧力をかけたが、トランプは記者のインタビューは普通に受け、会見も頻繁に開いて質問に答えた。他方、<安倍政権のおよそ8年間は、日本のメディアが崩壊していく8年間だった>。

 朝日新聞のような政権に批判的なメディアを他社が「反日」と呼んで叩くような国に未来はない。9・11後の苦い体験を持つ国のジャーナリストからの、無視できない警鐘である。

週刊朝日  2020年12月18日号