コロナ禍で海外旅行が難しくなった今、海外にルーツのあるシェフたちが本場の料理をふるまうキッチンカーが注目を集めている。AERA 2020年10月5日号では、異国の歴史や文化、人間ドラマが詰まった国際色豊かなキッチンカーを取材した。
【西アフリカ、エルサレム、ハイチ…いますぐ食べたいキッチンカー料理はこちら(計11枚)】
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タンタンターン──。
中華包丁で鶏肉を小気味よく切る音が聞こえてくる。お弁当を開けると、パクチーとチキンライスの香りがたちのぼり、いっきにアジアご飯の世界にタイムトリップした。屋台街の喧噪や匂い。東京・半蔵門のビル街の一角で、旅の記憶が蘇る。
訪ねたのは、今年3月に開業し「凄腕の新星」と評判の高い、シンガポール出身のジョーイ・ホー・ニヘイさん(27)のキッチンカー「海南鶏飯(ハイナンチキンライス) BALESTIER(バレスティア)」だ。ハイナンチキンライスは鶏のスープで炊き込むご飯。鶏と香味野菜と共に食べる。もも、胸、砂肝、レバーの4種がのった「BALESTIERセット」を頼むと、もも肉からはジューシーなうまみがあふれ、胸肉はあっさりしながらしっとり。さらに驚かされたのがレバーの食感だ。トローリとした絶品だ。
「砂肝やレバーは、シンガポールでは茹でるので硬いのですが、僕は部位ごとに低温調理して、それぞれの食感に仕上げています」
おいしさの秘訣をそう語るジョーイさん。高校生のとき、後にミシュランの一つ星となる郷土料理店で修業。シンガポール国立大学進学後は、香港の名門シャングリラホテルの飲食部門でインターンを経験。中国・上海の復旦大学や韓国のソウル大学に留学中も食の現場を精力的に歩いた。
■料理は心を開かせる
ジョーイさんは、日本人の母を持ち、英語、中国語、日本語の3カ国語を自在に話す。子どものころから料理が好きだったが、強く意識するようになったのは大好きだった祖父を亡くしたのがきっかけだ。
「人はいつか亡くなるけれど、食の記憶は残る。料理を作り続ければ、母や家族をずっと身近に感じられると思いました」
来日したのは2019年1月。ITのスタートアップの誘いを受けてだが、母の祖国で一度暮らしてみたい思いもあった。暮らしてみて知ったのは、日本社会の「外国人に対する壁」。キッチンカーで現状を変えられないかと考えた。
「その国の料理を好きになれば、人にも興味が湧くのではないかと考えました。おいしい料理は人の心を開かせます」
ゆくゆくは世界各地の郷土料理のキッチンカーを共通ブランドで展開したい、とジョーイさんは語る。