今期芥川賞を受賞した遠野遥『破局』は奇妙な青春小説だ。

 主人公の「私」こと陽介は慶應らしき大学の法学部4年生。公務員試験を目ざして勉強中だが、母校の高校ラグビー部で後輩の指導もしている元ラガーマンである。恋人の麻衣子とは最近会っていない。そのかわり灯という1年生と知りあった。陽介は麻衣子と別れて灯と付き合いはじめるが、別れたはずの麻衣子とも寝てしまい……。

 主人公は文武両道のハイスペックな青年だし、三角関係がからんだありがちな青春譚かと思いますよね。ところが、ちょっと違うのだ。それは陽介がゾンビのようなやつだから。

 後輩のラグビー部員に、彼はタックルの極意はゾンビのように何度でも立ち上がることだと教える。<ゾンビは痛みや疲れなんて感じない。死んでるわけだから、何もわからない。自分よりでかいやつにタックルするのは怖いかもしれないけど、そういう恐怖もなくなる。ゾンビは怖いとか思わないから。むしろ怖がられるほうだから>

 事実、陽介は人間的な感情に欠けたところがあり、ラグビー以外の場面では熱くもならず争いごとも好まない。誘われれば誘いに乗り、セックスは好きだが、相手がいやだといえばしない。政治家志望の元カノや、彼をナンパした今カノのほうがよほど強引で、自分本位だ。

 昨年の文藝賞を受賞したデビュー作『改良』は、女装にハマった男子大学生の物語だった。『破局』の主人公はその逆で、鍛え上げた筋肉で必要以上に武装した男装の男子である。中身は半分死んでいるのに。

 この落差が後に悲劇を生む。ようやく彼が人間的な感情を取り戻しかけたとき、「破局」を予感させる思わぬ事件が!

 優秀な青年が歪んだ性格ゆえに陥穽に落ちるあたりは、石川達三『青春の蹉跌』風。だけどこちらのほうがずっと不気味でスマートだ。ゾンビみたいに生きるリアルさ。男はオオカミの時代はもう古いのである。

週刊朝日  2020年9月4日号