NHKが放送した日本版の「最後の講義」には、大林宣彦、西原理恵子、福岡伸一、石黒浩、みうらじゅんらが登場した。学生向けに語られた彼らの講義は、50代の私が聴いてもついメモを取ってしまうほど、それぞれが独自の知見にあふれていた。そして、このシリーズが『最後の講義完全版』として書籍化されると、私は最も刺激を受けた石黒浩編をすぐに購入した。
世界的なアンドロイド(人間型ロボット)の研究開発者である石黒は、話しはじめてほどなく、自分の興味はロボットではなく人の方に向いていると告げる。あらゆる研究は常に「人間とは何か」を追求するためにあり、それが強いモチベーションになっていると。だから彼は、認知科学や哲学や脳科学の専門家らとともに研究室を運営し、人間らしい振る舞いを学ぶ際には、演出家の平田オリザにアンドロイドへの演技指導を依頼してきた。
石黒が開発するロボットに隠れた人間探求の話はどれも面白く、あらためて自分の肉体や生活について考えさせられる。その上で、「技術を使う動物」である人間が千年後にどうなっているかを語る最終部を読めば、誰もが衝撃を受けるだろう。ここで具体的に紹介することは避けるが、講義後の質疑応答で、多くの学生がこの予見について問うたのも無理はない内容なのだ。
千年後の世界を考えても意味がないと思う人もいるかもしれない。しかし、千年後に起きることの予兆はすでに始まっているようだ。
ロボット開発を通して人間とは何かを問い続けてきた石黒の予見は、拭いがたい説得力に満ちている。
※週刊朝日 2020年7月10日号