雪の降る夜、主人公の勇帆は火事の現場に遭遇した。家に取り残された少女を救った彼は、歓喜の声をよそに、少女を車に乗せ連れ去った。青年は一瞬にしてヒーローから誘拐犯に変わった。パトカーに追われ、ハンドル操作を誤った車は横転する。重傷を負い、虫の息となった勇帆が呟いた。「今度は助けたかったんだ」と──。
中盤は過去に遡り、勇帆の学生生活を描く。勉強も運動も冴えず平凡以下の彼には、特別優秀な双子の姉、帆名がいた。姉との対比で、劣等感が際立つ惨めな弟を思わず応援したくなる。
本書が3冊目となる新人小説家が描き出す、少し切ない世界観が魅力だ。彼を誘拐へと駆り立てた動機を浮き彫りにする、日常の情景描写にも引き込まれる。ラストまで目が離せない青春ミステリー小説だ。(二宮郁)
※週刊朝日 2020年5月22日号