《「もし、堀音(ほりおん)を落ちたら、女子プロレスラーになります」》
さもあらんと思う愉快な会話である。
打楽器を専攻して京都市立芸術大学大学院を卒業、以降、演奏家の道を歩んできた。寄り道も好きなようで、アンティーク着物の収集家としても有名だ。世界的な木琴奏者、平岡養一の遺族から木琴の名器を譲り受け、評伝を書き、木琴奏者ともなった。
本書の第一部は「天使突抜の人々」とあって、レッスンで出入りするお弟子さんたちについて触れている。子供たちから大学生、主婦たちとさまざまであるが、名刹・青蓮院(しょうれんいん)の奥方が市バスで通って来ているというのも京都ならではの風景であろう。
第三部は「通崎家の京都百年」。冒頭に、《京都のお店は、百年続いてようやく新参ものとして老舗(しにせ)の仲間入りを認められるという》とある。
通崎家と京都のかかわりは、大正期、曾祖父が富山の在所から当地に来たことにはじまり、通崎睦美で4代目、ようやく100年を経るとある。
父・弘さんは3代目。本書では病を抱えた高齢の日々が記されているが、評者は面識がある。温厚で風情のある「京男」で、謡(うたい)を愛する。どうしてこんな娘が育ったのですか、という問いにこう答えたことを思い出す。
「好きなようにさせていたらこんな風になってしまって……。われわれ庶民のできることはたかがしれてます。心がけてきたのは、音楽でも能でも歌舞伎でも、本物に接して育つようにと思ってきたことでしょうか」
それがなんであれ、一流を尊ぶのが京都人だ。近年、界隈に目立つのは新しいマンションで、町屋の棲み人も高齢化してきた。伝統的風習もすたれつつあるが、それでも積年の都が培った、下町人の気概は健在である。久々、ディープ京都の息吹に触れた気分。
※週刊朝日 2022年7月8日号