そのことで付き合っていた彼と何度となく話し合ったが、「非暴力の平和的な手段に徹するべきだ」という彼と折り合いがつかず交際をやめたという。ただし、自分と異なる考えの人たちを非難したり否定したりする気はないと彼女は話した。
こうした姿勢が今回の香港市民の運動に広がりをあたえている。抗議行動は一色ではない。幼児の手を引きデモ行進に参加している夫婦もいれば、警官と直接殴り合っている若者もいる。そのどれかだけではなくどれもが政府への示威行動であり、多彩な活動は二つの合言葉によって人々に共有されている。
一つは中国のことわざ「兄弟爬山、各自努力」で、兄弟各自、自身の持ち場を守り同じ目標に向かってがんばるべしという教え。もう一つは香港所縁の映画スター、ブルース・リーの言葉「…水は形を変え滑らかに流れつつ、時には強く激しくぶつかることもできる。水になれ、我が友よ」からとった「Be water」。まさに、香港市民はこの二つを実践し、特定のリーダーがいなくても運動は成立し継続できるということを見せている。
そんな中、あの「事件」が起きた。国慶節(10月1日)には香港各地で中国政府と香港行政府に対する抗議運動が起こったが、九龍半島新界地区(セン湾:センはくさかんむりにに全)では数十人の若者が警官隊と衝突。その際、中学5年生(18)の少年が、数十センチの至近距離から警官に左胸を銃撃され、弾は心臓をかすめて左肺を貫いた。警察幹部は「自衛のための発砲で問題はない」とコメントしているが、足や腕ではなく左胸を撃ったこと、そして暴動罪などでこの少年を起訴したことにより警察への怒りと不信は最高潮に高まりつつある。
実は7月以降、若年層の運動への参加が増えていて、後方での手伝いといったことにとどまらず、撃たれた少年のように最前線に立って警察と衝突する者も少なくない。
銃撃事件の翌日、少年が通う公立中学校に足を運ぶと、彼の学友らが数十人、学校の門の内側で警察に対する抗議のシュプレヒコールを繰り返していた。制服姿のまま全員がマスクを装着。むせび泣きながら「黒警還肺(ハッゲンワンファイ)」(悪い警察は肺を返せ)と記したプラカードを掲げる女子もいた。そうした生徒らに「やめなさい」と促す教師もいるし、無関心を装って足早に下校する生徒もいる。だが、彼女らは教師の制止を振り切り敢然として叫び続けていた。