泥酔して道や電車で昏睡している人を見なくなった気がする。若い人はそもそもあんまり呑まないしね。にもかかわらず、この書名。栗下直也『人生で大切なことは泥酔に学んだ』は過去の名のある人たちがいかに酒呑みだったかを暴いた不埒なエッセイである。
タクシーの運転手から通行人まで誰かれとなく誘い、最後は数十人規模で飲むこともあったという勝新太郎。酔ったまま殺陣の練習と称して真剣を振り回し、周囲をヒヤヒヤさせた三船敏郎。
昭和のスターには武勇伝が多いけど、文人も負けず劣らず荒っぽい。小林秀雄は日頃から酒癖が悪く、居酒屋で譲ってもらった飲みかけの一升瓶を抱えたまま中央線水道橋駅のホームから10メートルも落下した。その小林ですら手を焼いたのが恋敵だった中原中也で、大岡昇平は酒乱の中原にからまれるのがいやで京都帝大に逃げ出し、中村光夫は中原を「駄々っ児の暴君」と呼び、ビール瓶で頭を殴られたと明かしている。
いったいこんな酔っ払いに何を学べというのだろうか? いやいや<彼らはしくじりながらも、それなりに成功を収めた>と著者はいうのだ。<「酒を呑んで泥酔しても胸を張れ」とはいわないが、くよくよ悩んでも仕方がないではないか>。ま、まあね……。
しかし、しゃれにならない話もあるぞ。いい例が梶原一騎だ。10誌近くの週刊誌連載を持ちながらも、銀座で飲み歩きたいので、梶原は徹夜をしなかった。だがある日、彼は少年マンガ誌の副編集長に一撃を食らわせ、暴行傷害容疑で逮捕される。2カ月後に釈放されると環境は一変していた。本人の著書にいわく。<逮捕されるまでは朝から鳴りっぱなしだった電話も、パッタリこなくなった。連載は全部打ち切られていた。ヒマだ。なんとなく面白くない。毎晩、酒を飲みに出かけた>
こんなヤツばっかだとバレたから、若者が酒席を嫌うようになったんじゃないですかね。偉人ならまだしも<一社会人が泥酔してしくじったら、単なる迷惑なバカに過ぎないのだ>。そう思いますよ。
※週刊朝日 2019年10月11日号