森山光太郎『火神子(ひみこ) 天孫に抗いし者』はこれが最後の募集となった第10回朝日時代小説大賞受賞作である。設定だけでも驚くよ。なにせ舞台は弥生時代末期。主人公はあの卑弥呼。正確にいうと、これはひとりの少女が卑弥呼(火神子)になるまでの物語なのだ。

 というわけで小説は『魏志東夷伝』の一節の紹介からはじまる。<倭国は大いに乱れ、終わらぬ戦が続いた。ゆえに、彼らは一人の女子を王となす>。王の名は火神子。<卑弥呼という文字は、当時の倭言葉の母音を誤って聴きとった中華の誰かが、蔑みを込めた当て字をした結果であろう>

 もっとも物語の中の彼女はまだ15歳。名は翡翠命。先代の大王・登美毘古の娘だが、王が治める長髄の邑(現在の奈良県桜井市)が滅び、登美毘古がみまかった後も生き延びて、いまは大陸(魏国)から来た老人・左慈と山奥で暮らしている。ちなみに左慈は「三国志」の有名な人物だ!

 一方、もうひとりの主役は御真木入日子。長髄の邑を滅ぼした大和の国の領袖である。「天孫」を自称する傲岸不遜な男であり、<神武を名乗り、直後に崇神と名を変えた>ともされる人物だ。御真木は28歳。8年前、大陸から海を渡ってここまで来た。<余の国。大和と称す。天照す陽の下で、久遠に栄える国だ>。まるで「古事記」の天孫降臨!

 文武に秀でた聡明な少女だが、自らの弱さを自覚し、死をおそれる翡翠命。敵の残党は皆殺しにすべしという信念の下、翡翠命に追っ手を差し向ける非道な御真木。対照的な二人を軸に物語は進むのだが、これって、奈良の大和朝廷と九州の倭国の女王の対決の物語なのよね。だから翡翠命は宣言する。<敵は天の孫。ならば、私は神の子にでもなるさ>

「三国志」+「古事記」ですからね。アニメにしたら絶対受けそう。ただし、火神子の物語はまだはじまったばかりである。最終的には全3巻、いや5巻くらいの大河ロマンになってもおかしくない。作者は1991年生まれ。若き大型新人の登場である。

週刊朝日  2019年7月26日号