富士山頂付近から冠雪が消えるのは6月ごろで、この時期から新雪が根雪になる10月下旬ごろまでが無積雪期となる。本特集ではこの期間を「夏富士」と定義して、撮影の解説をする。
【写真】ライブカメラと富士山頂の湿度から雲海を予測。湯之奥猪之頭林道から夜明け前の一枚
冬の富士山周辺は乾いた季節風が吹き、澄み切った晴天が続くが、春になるとかすみがかかるようになり、特に湿度の高い夏は雲で隠れていることが多く、撮影のチャンスは少ない。
ところが、作品をものにできる回数を比較してみると、実は冬富士も夏富士もそれほど変わらない。そんなわけで、季節を問わずに年間を通して富士山を撮影している。
撮影で有名な夏富士は二つ。朝日を浴びた山が真っ赤に染まる「赤富士」と、田貫湖畔にカメラを据えて富士山頂から昇る太陽を写す「ダイヤモンド富士」(8月20日ごろ)だ。
私が2013年に写真を始めたきっかけとなったのがこの赤富士だった。会社の夏休みに山中湖を訪れ、赤く染まった富士山と出合い、驚くほど変化する富士山の表情に感動した。この年にきちんとした赤富士が見られたのはこの日だけだったようで、とてもラッキーだった。
その後、何度も赤富士の撮影に挑戦しているが、モノクロで光と影を意識すると、正面から朝日が当たった順光の状態では山の染まり具合を表現するのが難しく、まだ作品化できていない。
■雲に立体感が出やすい、田貫湖周辺
夏富士の場合、冬富士に比べて雲の形や雲海にフォーカスして撮影することが多く、台風の前後や低気圧が日本海側を抜けるときに荒々しく面白い雲が湧きやすい。雨上がりもチャンスで、かすんだ空気を雨が洗い流すことで、澄み切った空に富士山が浮かび上がる。
夏富士に限ったことではないが、撮影の時間帯は、比較的透明度の高い明け方のことが多い。
明け方に富士山と雲をねらう場合は、田貫湖方面を訪れることが多い。先に書いたように、面白い雲は台風や低気圧が通過する天気の変わり目に出やすい。特に太平洋から湿った空気が南から北へ吹き込む田貫湖周辺は天候が不安定で、フォトジェニックな雲が湧きやすい。
8月に田貫湖からダイヤモンド富士が見えることからもわかるように、夏の朝日は富士山の近くから昇る。逆光の状態となり、雲が湧いたときにとても立体感が出やすい。面白い雲の出現率の高さとドラマチックな光線状態から、光と影のコントラストを意識したモノクロ作品に適した撮影スポットといえるだろう。
天気が崩れたときには、雲をねらって田貫湖を訪れても霧が立ち込めている場合もある。そんな場合はスマホを使って情報を集め、雲の状況を調べる。太郎坊のライブカメラの映像と富士山頂の湿度をチェックすれば、上空がどのくらいの高度で晴れているのか判断できる。太郎坊から富士山が見えなかったら、雲頂は1500メートル以上であると予測でき、なおかつ富士山頂の湿度が低かった場合は、雲海となっていることがわかる。
高度を上げれば状況が好転しそうな場合は、田貫湖の北西約5キロにある湯之奥猪之頭林道に向かう。静岡県と山梨県を結ぶトンネル(標高約1200メートル)の手前にかけて、撮影ポイントが何カ所かある。
■夏富士と雲海を撮る
夏の雲海は雲頂が高いことが多く、2千メートル以上の山に登らないと雲海を撮ることは難しい。雲海を撮るには富士山の西側にそびえる南アルプスに登ることになる。
できれば、山小屋から富士山が撮れるところがいいのだが、そんな都合のよい場所は少ないのが実情だ。赤石岳(3121メートル)に台風がくる前に登って山頂の避難小屋に1週間滞在して撮影したことがある。千枚岳(2880メートル)の千枚小屋は樹林帯にあり、富士山を写すには山頂直下のガレ場まで登らなくてはならない。
南アルプスは、どこも撮影ポイントにたどり着くまで重い機材を背負って6時間以上の登山を必要とするので、かなりしんどい。だが、雲海から頭を出した富士山を目にすると、地上では味わえない天空の世界を感じることができる。
チャンスは少ないが富士山の近くに朝日が昇り、逆光で雲海が写せる場所として、静岡県・梅ケ島周辺の安倍峠、バラの段、山伏、笹山などがある。うまくいけば、雲海が間近に広がった迫力のあるシチュエーションに出合うことができる。また、富士山の端麗な稜線もきれいに写すことができ、雲海とのバランスもいい。
雨上がり、天気の回復とともに雲がとれ、澄み切った星空や月が照らす雲と組み合わせて富士山を撮ることもある。しかし、あまり富士山を感じることができないと、作品としては成り立たず、あきらめて帰ってくることも少なくない。そんな日が続くと心が折れそうになるが、まずは現場におもむくことがなにより大切だと思う。
夏の富士山の撮影は、天候に振り回されることも多いが、嵐前後のドラマチックな情景に遭遇すると、想像をはるかに超える感動を得ることができる。
写真・文=成瀬 亮
※アサヒカメラ2019年7月号から抜粋